3番線上の情操

電車はダイヤの乱れもなく、通常通り順調に進んでいる。

行きたくもない目的地が刻一刻と迫ってくる。

私は大きくため息をついた。

今日は結婚式。
天気は快晴。雲ひとつない。
秋も深まり昨日は肌寒かったが、今日は日差しが暖かい。それはそれは結婚式日和だ。

グリーン車の窓から見慣れた景色を眺める。

ああ、本当に行きたくない。

今日の主役は私にとってはどうでもいい人間だ。
大学時代、同じダンスサークルにいただけ。
私は彼女と2人で遊びに行ったこともないし、卒業してから会ったもの数える程度だ。

サークルで集まった時にいる人。

ただそれだけ。

彼女が幸せだろうが、なんだろうが私は興味がない。

なぜ私が呼ばれたのか。

他でもない、世間体と余興要員だ。

サークルメンバーを呼ぶとなれば、私1人呼ばないわけにいかないし、彼女は学生の時から結婚式にはサークルメンバーに余興をやって欲しいと公言していた。

めんどくさい。
なにが楽しくて3万も払ってどうでもいい人の為に踊り、讃え、祝福を強制されるのか。

でも行かざるを得ない。

かくいう私も世間体を気にする人間だからだ。

「薄情者と思われたくない」
この気持ちだけで、今日の私は活動している。

モチベーションは相当低い。

そもそも、結婚式自体嫌いなのだ。
かなり仲の良い人で辛うじて行く気になるくらいだ。

友人や家族に金払わせて、さあ!今日の主役は私よ!盛大に祝ってちょうだい!!
なんて会を主催するなんて頭がイかれてるとしか思えない。

3万もあれば近場の海外にいける。

そのほうがよっぽど有意義な時間を過ごせるだろう。

だが、こんな本音は人には言えない。
独身の僻みと思われるだけだ。

機嫌の悪い私を乗せて電車は進む。

定刻通りに駅に着いた。

会場は海沿いの大きな有名ホテルだ。電車の中からでも見えていた。

朝早くから美容院に行ったり、着替えたりでもう眠い。駅からの徒歩10分が辛い。

ホテルに着くとちらほらサークルの友人達がいた。
いつも通りの感じでするっと輪の中に入る。
お祝いムードに浮かれてるフリをする。
私は昔からフリが上手い。
バレることはないだろう。

そうこうしているうちに結婚式が始まり、披露宴へと移り、私たちの余興もつつがなく終わった。

一息つきたい。

ずっと浮かれるフリも疲れる。

1人会場を抜け出し、喫煙所に向かう。
最近はどこも厳しくて、このホテルにも1箇所しかなかった。
ガーデンテラスの植木と植木の隙間。
目立たないよう、かなり隅の方に追いやられているが今唯一のほっと出来る場所だ。

喫煙所には誰もいない。

ゆっくりタバコに火をつけ、ゆっくり吸って吐く。

解放された気分だ。
1人でこのままずっとここにいたい。

タバコが半分になった時、私の喫煙所に侵入者が現れた。

スーツを着て、引き出物の袋を片手に下げている。
彼もまたきっと結婚式に浮かれる者の1人だろう。
今は知らない人とも一緒に居たくないのに。

「お姉さん、甘いもの好き??」
侵入者に突然に話しかけられた。
彼から差し出されたものはクッキーだった。

♡Shota & Nana Just married ♡とアイシングでデコレーションされた手のひらサイズのクッキー。
明らかに披露宴の帰りに渡されたものだ。

「いや、そういう砂糖のかかってるのは苦手です。」
これはフリじゃなく、私は昔から甘いものが苦手なのだ。

「それに、そのクッキーは結婚式に出た人が召し上がるべきですよ。私はショウタさんもナナさんも知らないですし。」
私は少し冷たく言い、そのまま喫煙所をあとにした。

披露宴会場へ戻るとプログラムは終盤に差し掛かっていた。
花嫁と手紙と新郎の挨拶、ビデオエンドロールと続きそのまま披露宴は無事終了した。

会場からの見送りの際には新郎新婦からアイシングクッキーを手渡された。
♡Yuta & Satsuki just married ♡

既視感のあるクッキーを片手に帰路につく。
二次会は不参加にしてある。
私を呼び止めるサークルメンバーを適当に流しながら駅へと向かう。
勘違いしないで欲しいのだが、私は基本的にはこの人たちのことは好きだ。たまに会う人もいたし、もう少し話したい気もしたが今日はもう疲れた。大学時代はこの面々と朝までオールも何度もしたけれど、もうそんな歳でもない。

駅までの徒歩10分がしんどい。

電車は定刻通りに駅に来た。
疲れ果てた私を乗せて家路を走る。

グリーン車は混んでいた。
座れずに何度も車内を往復して余計に疲労は増した。
次の駅が人の降りる大きな駅でなかったら、グリーン券を買ったのにあのまま立ちっぱなしだっただろう。

駅のアナウンスが流れると多くの人が荷造りを始めた。下車を急ぐ2人組と入れ替わって私は窓際の席へと座った。
出発のベルが鳴ったのと同時に駆け込む人がいて、息を切らしたその人はそのまま私の隣の空席に座った。

「あ、さっきはいらないって言ったのにー」

突然私を非難する声。

喫煙所の侵入者がまた私のパーソナルスペースを侵していた。

彼はいたずらっぽく笑いながら、私の引き出物袋から見えているクッキーを指差している。

「あなたのクッキーとそのクッキーは違うから。それに、断れる訳ないじゃない。」
また私は冷たく答えた。

「ふーん。ねえ、ところでお姉さんのお名前は?」
彼はまだ話を続けようとしてくる。

「なんですか急に。そんな簡単に教えません」
なにこいつ。
知らない人に、しかもこんなのに名前を教えるほど私は不用心ではない。

「えー、そうかあ。じゃあその袋からとって、マリアちゃんて呼ぶね。」
結婚式の引き出物袋には聖母マリアの絵が描いてあった。私の名前はそんな洋風な名前ではない。
しかし、本名を教えるくらいならマリアでもなんでもいい。

「俺は相楽涼太郎だから、りょーちゃんでも、涼太郎くんでも好きに呼んでよ。」
相楽と言う侵入者は私の冷たい態度に一切屈する様子はなく、ペラペラ喋る。

「マリアちゃんさー、二次会は出なかったの?」
「電車の時間があったので。」

「ふうん。でもさーこの電車の後にも終電まで何本かまだあるじゃん。」
「何でもいいじゃないですか。」
横目で少し睨み、答える。

「ねえ、マリアちゃん俺と同じタイプの人間でしょ」
「どこでそう思ったのか分からないけど、多分絶対に違いますよ。」

「そう??でも結婚式とか嫌いでしょ?」
突然、核心を突かれて私は言葉に詰まった。

「やっぱりそうだと思ったー。大丈夫、俺もだよー。
バカバカしくて二次会出なかったんでしょ?」

どうして分かったのだろう。
顔に、態度に出ていたのだろうか。
知らない人にも見破られるくらいに酷いものだったとしたら相当だ。

「え、なんで……?」
動揺が隠せていないのが自分でもわかった。

「あはは!マリアちゃん分かりやすいねー。そんなに焦らなくても大丈夫。結婚式で浮かれてる人たちには分からないよ。俺みたいなスーパーマンは気付くけどねー。」

ため息がでた。
もし他の人に知られたら今日一日何を頑張っていたのか分からなくなる。

相楽は私の気持ちを踏み荒らしながら続ける。
「それに、マリアちゃんは誠実な人だね。スーパーマンの俺よりずっと良い人だ。」

確実にバカにされている。

私のどこが誠実なのか。
むしろ嫌なやつだと思うし、その点に関しては、私はこの相楽という人と似ているのかも知れない。

「どこが?」
少し鼻で笑ったような言い方になってしまった。

「だってさ、バカバカしくて出なかったんでしょ、二次会。そんな気持ちで出たら申し訳ないからでしょ?
俺は出たよ二次会。クソバカバカしいと思いながらね。やってられないから適当な理由つけて途中で抜けたけど。」

私は初めてちゃんと相楽の方を向き、彼が言った「自分達は似ている」という言葉を反芻した。

「あ、そんなに見られたら照れちゃうなー。でも抜けて正解だった。マリアちゃんにまた会えるなんて、俺すごいラッキーだわ。」
そう言って彼はニカッと笑った。
まるで少年漫画の主人公のようだと思った。

「私はそんなに良い人じゃないし、私なんかよりも純粋に人をお祝いできる人の方がよっぽど良い人よ。
そんなに期待しないほうがいいと思う。」
私はまた目線を逸らした。

「マリアちゃんは社交辞令が好きだなー。そんな純粋な人いるわけ無いじゃん。独身の人は結婚が羨ましいし、既婚の人は独身が羨ましいものなんだよ。
近くにいた人が自分の持っていない物を手に入れる。それも自分が願ってやまないものを。単純で純粋な人こそ嫉妬するよ、どうして自分じゃないのかって。
これは人間として正解、正常。
でも、社会性の高い人が謙遜とか社交辞令を言うんだ。より円滑に利己的に物事を進めるためにね。そしてそれが社会人としてあるべき姿とされてる。」

私はまた相楽を見る。
変わらずへらへらしながら話している。
彼がただの軽い人間なのか、違うのか、よく分からなくなっていた。

「マリアちゃんは真面目で良い人。社会性も高い。だけど、自分の気持ちにも嘘がつけない頑固者だ。
嫌なものは嫌だし、好きなものは好きなのに、自分の中の良い人が邪魔をする。結局我慢してストレスを溜めるタイプでしょ?
俺当たってない?占い師みたいじゃない??」


「どうして?なんでそうだって分かるの?」
はっきり言って図星だった。
だけどどうしてそんな事がこの人に分かるのだろう。
長い友達にすら言われた事ないのに。

すると相楽はさっと真剣な顔になり、急にまじめに話し始めた。

「だって、マリアちゃん昔の俺と同じ顔してたから。俺も前はマリアちゃんみたいな社交辞令大好き人間だったよ。それでストレス溜めてはタバコ吸ってた。
タバコの煙吐くとさぁ、なんかストレスまで出ていく気がして手放せなかったよ。
ある時ね、ガラス張りの喫煙所で1人で一服してたんだ。フッと前を見るとガラスに自分が映っててさ、
それはそれは最悪な顔だった。眉間にシワ寄せて、口は一文字に食いしばってるし、すごく嫌な目をしてたよ。特に嫌なことがあった訳じゃないのに。
こりゃーやばいなぁって思ったよ。
喫煙所にいたマリアちゃんは、その時の俺と同じ顔だった。
だから話しかけたんだ。ほっとけなくて。
こんな可愛い子がどうしてこんな顔してるんだろうって興味もあったしね。
もちろん俺が話しかけた瞬間、マリアちゃんは普通の顔に戻ったよ。
もっと力を抜いていい。
俺も無理だって思ってたけど、意外とできるもんだよ」

私は相楽からまた目線を逸らした。
泣いてしまいそうなのをどうにか堪えている。
どうして泣きそうなのかもよく分からない。

『次はー大宮ー大宮ー』
電車のアナウンスが流れる。
定刻通りだ。

「あらら。俺もう降りなきゃ。」
彼は困ったように笑って言った。

冗談じゃない。こんなに人の気持ちを散らかしておいてこのままいなくなってしまうのか。

「まってよ、まだ何も解決してないよ。それなのに降りちゃうの?」
私は非難するように言った。

「あはは、じゃあまた今度一緒に考えよう。」
相楽はまたマンガのようにニカッと笑って、カバンからガムを取り出した。
ガムを口に放り込み、その包紙に連絡先を書くとサッとこちらに差し出した。
私はおずおずとそれを受け取る。

「マリアちゃんはあとどのくらい乗るの?」

「……、あと二駅。」

「ふうん。ねえ、マリアちゃん。そろそろお名前教えて?」
私に少し近づいて相楽はいたずらっぽく笑う。

「………、彩。」

「ふふっ。じゃあ彩ちゃん、気をつけてねー」

そう言って彼は電車を降りていった。

一体なんだったのだろう。

夢か。

ストレスの見せる妄想か。

電車は順調だ。
定刻通りに最寄駅に着くだろう。

車窓に映る自分の顔とガムの包紙を何度も交互に見る。

考えるのは明日にする。


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