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【セカンドブライド】第13話 初めてのフルマラソン挑戦記④

知らず知らずの内にうつむき加減で走っていたらしい。

「ぱるちゃん、ストレッチしよう。」と言うカエルさんの言葉に、ハッと現実に引き戻される様な感覚になった。今度は素直に従った。目線を上げると、ネギ畑の中を通る広い道に居る。だから、少し前からネギの匂いがしていたのかと思った。そして、沿道のガードレールにつかまってしゃがんだ。腰を伸ばすと身体がギシギシと音を立てた。

カエルさんがアミノ酸の粉のスティックをくれたが、口が乾いていたので顆粒を飲み下すのはつらかった。どうしようかと迷っていたらカエルさんが「ぱるちゃん、ストレッチは1分以上すると走るの辛くなるから行こう。」と言った。アミノ酸は、次の給水所まで持って走ると決めて走り出した。

コース上にある中学校の吹奏楽部がランナーに向けて演奏してくれているのを聴いたり、スライドでクラブのメンバーとエールの送り合うことで元気をもらいながら何とか気持ちを紡いで進んだ。

30キロを過ぎたところで、コンビニエンスストアの前に母と息子が手を繋いで立っているのが見えた。遠くからも、母と息子ははっきりくっきり浮き立って見えた。スピードを上げて駆け寄る。息子は、変身ベルトをつけて、おもちゃのプラスチックのサングラスをしていた。ヘンテコな恰好だった。

近寄ると、息子が開口一番「ママ頑張って。」と言った。きっと、「ママに頑張ってねってしに行こう。」と言われたのだなと思った。「タカヤ、ありがとう。」と言って、息子の頬っぺたを両手で包んだ。思いの外、息子の頬が冷たかった。寒い中待っててくれたんだと、不意に泣きそうになった。

母が「はるちゃん、どう?大丈夫?」と聞いた。母は私がフルマラソンを走ることをとても心配していた。よく、「そんな特別なことして、はるちゃんにもしものことがあったらどうするの?」と言っていた。だから、弱音を吐いたら心配する。

冗談めかして「ありがとう。K市ってこんなに広大だったんだね。」と言ったら、「そうだね。合併したから。車で走っても結構な距離だもんね。」と母が真面目な顔で言った。

このままここに居たいと思ってしまいそうだったので、「うん。あと10キロくらいだから走って来ちゃうね。」と言った。
「タカちゃん良い子だから心配しないでね。でも、はるちゃんが具合悪くなったら大変だから、無理はしないでね。ミナミのこともちゃんとお迎えいくからね。」と言った。息子が「ミナミのお菓子も一杯買ったんだよ。」と言った。ガールスカウトの遠足に行った娘の送り迎えを、母にお願いしていた。

後ろ髪をひかれながら「ありがとう。行ってきます!」と大きく手を振って走り出した。母と手を繋いだ息子がニコニコと手を振っていた。しばらくしてもう一度振り返ったが、その時にはもう息子は母に何かを話しかけながら歩きだしていた。少し安心して、少し寂しい気持ちがした。

コースの先で、待っていてくれたカエルさんと合流する。母と息子の前では格好つけたが、脚を完全に使い果たしていた。だから、カエルさんに言った。

「あのね、もし、私が歩いちゃったら先に行って大丈夫だからね。」
「ぱるちゃん、それは無しだ。歩く時は一緒に歩くよ。」

残りのあと10キロが永遠かと思うほど遠かった。とにかく足を右左と動かした。フルマラソンって、少し先の自分が分からなくなるんだと思った。
今の気持ちに負けたら1キロ先は歩いているかも知れない。
いや、1キロと言わず、今すぐ止まって歩きたい。

「ここまで来て歩くのはもったいない。」と言う気持ちと、
「ここまで来れたのだから歩いても良いんじゃない?」と言う気持ち。

目の前にある気持ちと必死に戦いながら走った。
目の前にある弱さと必死に戦いながら走った。

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