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NHK BS1「星降る夜空よ ふたたび」

2023年1月26日にNHK BS1で放送された「BS世界のドキュメンタリー 星降る夜空よ ふたたび」。フランスで2022年に製作された"SWITCH THE SKY BACK ON - THE GLOBAL FIGHT AGAINST LIGHT POLLUTION"を日本語にしたものです。光害を取り巻く現状と具体的な対策がコンパクトに、かつバランスよく紹介されていました。光害の今とこれからを知るための基本情報がそろっていたと思います。

番組は、天体写真家として有名なババク・タフレシさんの天体写真撮影の場面から始まります。郊外に写真を撮りに行くものの、塔を照らす照明が新たにできてしまって、光害が徐々に広がっていることを印象付けます。

次に登場したのは、大都市ロサンゼルス近郊のグリフィス天文台のエドウィン・クラップ館長。映画「ラ・ラ・ランド」に登場したことでも有名で、ロサンゼルスの街を見下ろす立地にあります。館長は街明かりが人々から夜空を奪ってしまったことを嘆きます。が、差し込まれるグリフィス天文台の映像では建物を飾る照明がどう見ても空に向かって漏れていて、自分のところの光害はどう思っているんだろうと気になります。ちょうど下の写真のようで、「建物を飾るための照明が空を照らす悪い見本」のような感じ。照明を当てる時間が限られているとかあるのかもしれませんが。

グリフィス天文台。Credit: Prayitno (CC-BY)

フランスのピック・デュ・ミディ天文台の天文学者たちが、天文台の周りを星空保護区に登録してもらおうとする取り組みを行ったことが紹介されました。二コラ・ブルジョア副所長は「光害は天文台を満ち潮のように飲み込んで」おり、夜行性の動物にとっては「夜に光を持ち込むことは、木を切り倒すようなもの」と語っています。

光害を対象とした研究の一端も紹介されました。光害の論文を数多く書いているドイツ地球科学研究センターのクリストファー・キーバさんも登場。光害の調査を行うアプリを作って街を歩きながら照明の様子を登録していくという地道な取り組みが紹介されていました。「宇宙から見える光源が何なのか、改名したいのです」という問題意識は、私も持っているところです。光害の研究ができる人工衛星はごくわずかで解像度も高くないのですが、今後の衛星技術の進展によってこの分野も変化があるかもしれません。

番組では、天文観測以外への光害の影響がいくつも紹介されていました。日本の環境省の光害対策ガイドラインにもいくつか例示がありますが、番組で取り上げられていた影響と対策は以下のようなものでした。

  • LEDの色温度の話題:LEDの青白い光は白熱灯などよりも光害を強くもたらすこと、特に青い光が生物の体内時計に影響を及ぼすこと。フランスで行われた、夜に浴びる光が人間の睡眠に与える研究のようすが紹介されました。2ルクス(1m先のろうそく2本と同じ)の明るさでも影響が出ることがあるとのこと。

  • 植物への影響:ピックデュミディ天文台の近くのピレネー国立公園、そのはずれの町で街灯のすぐ下にある木は、寒くなってもなかなか落葉しないこと。この町では国立公園への影響を考慮して、照明の取り換えが進んでいるそうです。

  • カメへの影響:フロリダは、アカウミガメの世界有数の産卵地。メスのカメが浜で産卵するわけですが、明るいと浜に出てこず、最悪の場合は海に卵を捨ててしまうこともあるそうです。また孵化した子ガメは暗くなってから砂浜からはい出し、海面に反射する星や月の明かりを頼りに海に向かうとのことで、近くに人工の明かりがあるとそちらに迷い込んできてしまうことがあるとのこと。
    こうした事故を防ぐために照明の交換を行っている団体が紹介されていました。フロリダ州からの補助金を得て、カメに害を与えそうな照明をこの団体が費用を負担して交換しているのだとか。これはなかなか先進的な取り組みです。10年で230の建物の照明を背の低いものや色の赤みがかったものに変え50kmの海岸を暗くした結果、産卵数は増え、子ガメが迷う事故も無くなったそうです。効果絶大ですね。

  • 鳥への影響:ニューヨークの街が出す光で、鳥(ほとんどが渡り鳥)が20万羽以上が死んでいるそうです。鳥が光に寄ってきて、ビルにぶつかったり鳥同士でぶつかる事故が起きるのだとか。911の追悼のための光の塔(下写真)は7年間で110万羽以上の鳥に影響を与えたと見積もられています。
    これに対して、保護団体はこの光の塔の周りを双眼鏡で観察し、鳥が集まってきて互いにぶつかり始めたら光を20分ほど消してもらうことにしたそうです。この光の塔のことは知っていましたが、光害(鳥への影響)を考えてこんなにフレキシブルに運用されているとは知りませんでした。

Credit: King of Hearts (CC-BY-SA)

照明を取り換える地域の話も紹介されていました。ピレネー山脈の星空保護区では、エネルギー組合が250の自治体のうち200で照明器具の交換を約束しています。ピックデュミディ天文台のふもとの町オロンでは照明を全面的に取り換え、光害が85%カットされ光熱費の削減にもなったそうです。照明が暗くなることに不安を持つ住民もいたそうですが、話し合って実行し、むかしの趣のある景観がよみがえったようすにみんな喜んでいるそうです。

こうした不安は、星空保護区に向けて照明を取り換えた美星町や神津島などでもあったと聞いています。もちろん防犯や交通安全のための必要な明かりは確保したうえで、不要な明かりを消す。単に照明をつけるか消すかという2択ではなく、適材適所が重要です。ピックデュミディ天文台の副台長も番組の中で「自然とのつながりを取り戻したいのであって、生活の質を落としたいのではない」と語っています。照明を交換した結果そこに住む皆さんがどう感じているのかをまとめておくことで、次の町の取り組みの良い材料になることでしょう。

光害について、最近私がこの仕事を始めて意識するようになったからかもしれませんが、このところ新聞記事等でもよく取り上げられている気がします。私も今年度は光害(+電波の周波数保護)について7回も取材を受けました。光害は天文関係者だけではどうにもできない問題で、解決のためには社会的な盛り上がりが必要です。センセーショナルで攻撃的な活動にはしたくありませんので、穏やかな話し合いを続けて少しずつ解決に持っていきたいと思っています。

光害の調査や啓発をなさっている東洋大学の越智准教授も、twitterでこの番組の概要を紹介されていました。NHKオンデマンドで見られるようですので、可能な方は是非ご覧ください。


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