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1等星として輝く通信衛星BlueWalker 3

2022年9月10日(米国時間)に打ち上げられた通信衛星BlueWalker 3。地球周回軌道上で携帯電話の基地局となり、スマートフォンなどと直接通信することで地球上どこでも通信エリアにする計画です。BlueWalker 3を打ち上げたのはアメリカの通信会社ASTスペースモバイルで、日本からは楽天モバイルが出資しています。

この衛星が持つ巨大なアンテナが太陽光を反射して明るく見える可能性があるため、天文学者たちからは懸念の声が上がっていました。先日このアンテナが実際に展開され、地上からの観測結果も出てきたので、天文学者たちの世界的な集まりである国際天文学連合が2022年11月28日にプレスリリースを発表しました。

プレスリリースでは、BlueWalker 3は最大で1等星と同じくらいの明るさで観測された、とあります。たとえば今日の東京の夜8時の空にある星を明るい順に並べると、木星(-2.6等)、火星(-1.8等)、ベガ(0.0等)、カペラ(0.1等)、リゲル(0.2等)、ベテルギウス(0.5等)、土星(0.7等)、アルタイル(0.8等)、アルデバラン(1.9等)、フォーマルハウト(1.2等)ですので、BlueWalker 3はトップ10に入る程度の明るさということになります。

アリゾナ州のキットピーク天文台で撮影されたBlueWaler 3の飛跡(天文台ドームのから右上に伸びる線)Credit: KPNO/NOIRLab/IAU/SKAO/NSF/AURA/R. Sparks

国際宇宙ステーションは最も明るい時でマイナス2等級(1等星の約15倍明るい)ほどですので、BlueWalker 3はそれよりも暗い衛星です。それでもこんなに天文学者が危惧しているのは、BlueWalker 3にはこの先の発展形があるからです。

BlueWalker 3のアンテナの面積は64平方メートル。これでも民間通信衛星としては史上最大のアンテナだそうですが、実はこれはまだ技術試験のための衛星です。本番となるBlueBird衛星ではアンテナ面積は450平方メートルと、試験機の実に7倍という巨大さ。しかも全世界をカバーするために数百機を打ち上げる予定になっています。計画はまだ固まっていないようで、アンテナ面積や機数はもしかしたら変更があるかもしれません。本番機BlurBirdが試験機BlueWalker 3の7倍の光を反射すると単純に計算すれば、等級では2等ほど明るくなってマイナス1等級になるかもしれません。

たくさんの人工衛星が明るく輝く問題は、Space X社のスターリンク衛星が打ち上げられた2019年から天文学者の頭を悩ませています。スターリンクはBlueWalker 3よりかなり暗い(定常的な軌道で4等くらい)ですが、数は最大で4万機超と桁違い。マイナス1等が数百機4等が4万機とでどちらが影響が大きいかは難しい問題ですが、プロの天文学者から見るとおそらく後者の方が困るでしょう。暗い星まで写る大望遠鏡で得られた観測画像の多くに衛星が写りこんでしまうことの対策は、今各地で検討が進められています。

さらに、人工衛星が軌道上の携帯基地局として働くということは、上空から電波が降ってくるということになります。これは電波天文学にも影響を与える可能性があります。電波を使う業務は、お互いに影響を与えないことが重要です。また電波周波数の割当の制度としても、携帯電話に割り当てられた周波数をそのまま人工衛星との通信で使うことはできません。携帯電話に割り当てられている周波数は、あくまでも「地上の基地局」と「携帯電話」との通信のためであって、衛星との直接通信は別カテゴリなのです。BlueWalker 3は技術的な試験を行うための実験免許を取得しているようですが、本格的にサービスを始めるには人工衛星と携帯端末を直接つなぐための許可を得る必要があります。

電波望遠鏡への影響を避けるために、例えばアメリカでは、グリーンバンク電波天文台の周囲に3万平方kmにも及ぶ広大な電波静穏領域(Radio Quiet Zone)を設定して、その内部での電波発射を厳しく制限しています。特に望遠鏡に近い場所ではWi-FIはもちろん電子レンジも利用できません。そうやって電波的に「静かな」環境を作っているわけですが、空から電波が降ってきては大変です。電波静穏領域や影響を受けうる電波望遠鏡の上空ではBlueWalker 3から電波を出さない、といった合意が得られれば良いのですが、そのような調整が行われているかどうかは定かではありません。

多数の人工衛星(衛星コンステレーション)で通信をどこでもできるようにしようという計画は有象無象含めたくさんあり、百花繚乱の様相を呈しています。もちろん各地で高速通信ができるようになることは、豊かな社会の実現のためには重要なことです。でも、天文学への影響はできるだけ抑えてほしい。天文学界としてこの状況を正しくとらえ対策を取っていくために、国際天文学連合 (IAU) は衛星コンステレーションの影響から天文学を守るための組織 IAU Center for the Protection of the Dark and Quiet Sky from Satellite Constellation Interference(IAU CPSを作りました。CPSはすでにASTスペースモバイルとも議論を始めているようですので、反射光の観点からも電波の周波数の観点からも、何とか折り合える場所を見つけてほしいと思います。

(12/4追記)
IAU CPSが、ASTスペースモバイルと議論したことをツイートしています。電波天文学を守ることや、次のプロトタイプではアンテナを暗くすることが計画されているとのこと。次は本番機なんだと思っていましたが、「次のプロトタイプ」があるんですね。


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