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光害関連ニュースまとめ 2024年5月

2024年5月の光害関連ニュースです。
光害を抑える基本は「必要なところを照らして不要な方向には光を漏らさない」であるというのはこのnoteで何度も取り上げていますが、それを実現するための投光器や万博の照明の話題がありました。一方で「光をつけるか消すか」という単純な捉え方にとどまる記事もありました。
衛星コンステレーションと天文学の関係では、ローマ教皇庁や国際天文学連合といった組織としての話題や、法学の教授のコメントなど、単に技術的なものにとどまらない観点の記事が目立ちました。天文学者と衛星事業者だけの問題ではないので、広く議論が行われていくことが重要ですね。


地上の光害に関するニュース

「星空のまち」取り組み知って 井原・美星天文台 パンフ作製

2024年5月3日に山陽新聞デジタルに掲載された記事。星空保護区に認定されている岡山県井原市美星町のパンフレットの話題です。光害防止条例を全国に先駆けて1989年に制定し、口径101cmの美星天文台を建設。町の名前もあいまって「星空を守る」活動のシンボルと言ってもいい地区でしょう。私は岡山出身なので、1998年のしし座流星群は美星町で観測した思い出があります。パンフレットには美星天文台のことや、美星天文台ので光害調査の結果が掲載されているとのこと。確かに記事の写真には、2023年末に発表された論文の図(夜空の光のスペクトルの経年変化)が載っているように見えます。この論文については、2023年12月の本noteでも少し取り上げています。

【三山春秋】ハワイ諸島の最高峰マウナケア山

2024年5月6日、上毛新聞のコラムに掲載された記事です。ハワイ島での星空ツアーの話から、県立ぐんま天文台のおひざ元である高山村が星空保護区を目指すことになったことを取り上げています。ところがですね、

「明るい夜」は街の発展の象徴であり、防犯や交通事故防止の観点から街灯の増設が求められてきた。暗い夜へと向かうのは、真逆の施策となる。星降る里が輝くためには、住民の理解が不可欠だ。

2024年5月6日付 上毛新聞【三山春秋】

とあるのが気になりました。一般的な感覚としては違和感はないかもしれませんが、実際には「暗い夜へと向かうのは、真逆の施策となる」わけではないんですよね。防犯や交通事故防止のためには主に路面など必要な方向を照らせばよく、上方向に光を出す必要はありません。路面を十分な明るさで照らして安全を確保しながら、夜空に光を逃がさない照明は実現できます。もちろん記事内で指摘されているように住民の理解は不可欠です。『「明るい夜」は街の発展の象徴』と言いますが、それが日本のすべての場所に必要でしょうか。これも、住民の皆さんと話し合うテーマの一つになりうるでしょう。

HID投光器を超えた明るさ。高出力と漏れ光対策を業界最高レベルで両立

2024年5月16日に岩崎電気から発表されたプレスリリース。岩崎電気は星空保護区の認定を行うダークスカイ・インターナショナルに認証を受けた照明機器を作っていて、星空保護区である東京都神津島村では岩崎電気の照明器具が使われています。今回のはグラウンドの照明で、環境省の光害対策ガイドラインで最も暗い環境を保つべきとされている場所「光環境類型 E1」に準拠しているとのこと。明るくしたいグラウンドはしっかり照らしながら、漏れ光を抑えて周囲は十分に暗く保つ。メリハリの利いた照明で、暮らしやすい環境と暗い夜空は両立できるのです。

<星旅星めぐり>星空を守る条例

2024年5月16日に佐賀新聞に掲載されたコラム。天文家としても有名な佐賀市星空学習館副館長の早水勉さんの記事で、光害を抑えるための取り組みについて紹介されています。佐賀県は2002年10月に「佐賀県環境の保全と創造に関する条例」を制定していて、違反する投光器には罰金が科せられるというもの。罰則付きの光害関連条例はほとんどないので、特異的と言えます。早水さんも『佐賀県は光害問題に対する先進県とも評価できます』と書かれています。

大阪・関西万博のシンボル 大屋根リングの夜間照明点灯

2024年5月22日にサンテレビに掲載された記事。大阪・関西万博の会場を取り囲む木造の大屋根で、照明の試験点灯があったとのこと。別のニュース記事では『過剰な人工の光が生物や天体観測に悪影響を及ぼす「光害」を軽減する設計になっている』とも紹介されています。映像を見ると、確かに大屋根の外からは光源が直接見えにくい構造になっているようで、眩しさもあまり無いようです。いろいろと物議をかもしている万博ですが、このコンセプトは評価したいですね。

天文学と衛星コンステレーションに関するニュース

ローマ教皇庁科学アカデミーでも良好な天文観測環境の保全が話題に

2024年5月8日に国際天文学連合(IAU)から発表されたニュース。ローマ教皇庁科学アカデミーでJWSTに関するワークショップが行われ、そのFinal Statementに"Dark and Quiet Sky"の重要性が盛り込まれたとのことです。なぜJWSTのワークショップで?と思いましたが、IAUが設立した衛星コンステレーションから天文学を守るための組織(IAU CPS)の取り組みが取り上げられたそうです。JWSTは地球から遠いラグランジュ点にいるので人工衛星の写りこみはありませんが、地球周回軌道にいるハッブル宇宙望遠鏡には人工衛星が写りこんでしまっています。最終的には何らかの規制を作る必要がありますが、狭い天文学コミュニティで議論するだけでなく、より広い科学コミュニティでもこの問題の存在を話題にすることで賛同の輪を広げていく必要があります。今回のワークショップでの言及も、そうした意図があったのでしょう。

衛星コンステレーションからの天文学の保護が国際天文学連合総会の決議案に

2024年5月6日に、国際天文学連合(IAU)が発表したニュース。2024年8月に南アフリカでIAU総会が開催されますが、そこで会員に諮られる決議の案が公表されました。決議のひとつ目は、衛星コンステレーションによる有害な干渉から暗く電波静穏な空(Dark and Quiet Sky)を守る、というもの。決議の内容は、IAU CPSが2024年3月に取りまとめた提言書に準じた内容になっています。IAUの決議は法的拘束力は持ちませんが、世界の天文学者が一致してこの提言を支持していることを示す意義は大きいでしょう。
決議の2つ目は月の標準時と月からの天体標準座標系を設定することを促すもの、決議の3つ目も月の標準時に関するもので、どちらも月からの天体観測を見越した内容です。いやぁ、そういう時代なんですねぇ。

法的に見る衛星コンステレーションと天文学

2024年5月9日にspace.comに掲載された記事。衛星コンステレーションと天文学の関係に関する記事はたくさんありますが、アメリカ・ジョージタウン大学の法学教授であるDavid Koplow氏のコメントを取っているところが目新しい記事ですね。Koplow氏は衛星コンステレーションが天文学に及ぼす影響を「コスト」と見なしていて、以下のような法学的な見地からの論考も挙げられています。
Large Constellations of Small Satellites: The Good, the Bad, the Ugly, and the Illegal
Blinded by the Light: Resolving the Conflict Between Satellite Megaconstellations and Astronomy
記事の中には「天文学者も宇宙空間を自由に利用する法的権利を持っており、彼らの職業が損なわれているのを黙って見ている必要はない」というコメントもあり、心強いですね。また、「自主的な措置は、問題を解決するのに十分ではなく、耐久性も信頼性もない。」と述べています。スペースXは衛星に反射光対策を施していますが、これはあくまでも自主的なもので、規制ではありません。やはり強制力を持った何らかの規制が必要、という立場のようです。

パイロットに驚くほど明るく見えるスターリンク

2024年5月27日付でUniverse Todayに掲載された記事。スターリンク衛星が太陽光を反射すると地上からもよく見える、という話はよく知られていますが、これは航空機のパイロットへの影響に注目したもの。太陽とスターリンクと観測者が特定の位置関係になると反射光が非常に明るくなり、これを「フレア」と呼んでいます。この記事では、スターリンクのフレアが"Unidentified Aerial Phenomenon (UAP)"として報告された事例を紹介しています。UAP(未確認航空現象)はあまり聞きなれませんが、少し前ならUFO(未確認飛行物体)と言っていたものですね。パイロットの仕事は安全第一なわけですから、衛星コンステレーションに伴うUAPが増えて余計な気を使わせるのは良くない、ということでしょうか。思わぬところに影響があるものですね。

電波天文学の観測環境に関するニュース

スターリンク、スマホ直接接続で「ビデオ通話」に成功

2024年5月23日にUchuBizに掲載された記事。スターリンクはスマートフォンとの直接接続を目指していますが、その試験としてビデオ通話に成功したとのこと。衛星とスマホの直接通信は"Direct to Cell" "Direct to Mobile" "Supplementary Coverage from Space"などいろいろな呼び名がありますが、衛星コンステレーションのひとつのゴールと目されています。技術的にも徐々に成立に向かって行っているようですね。制度的な面では、国際電気通信連合が行う国際的な周波数分配では、まだ衛星とスマホの直接通信は正式には認められておらず、2027年の世界無線通信会議に向けた議題になっています。一方で「別の業務を邪魔しなければよい」という規定に沿って商用化する動きは各国で進んでいて、日本国内でも情報通信審議会の衛星通信システム委員会作業班で議論が行われています。地上で「携帯圏外」がなくなるということは、どこの電波望遠鏡のまわりにも上から人工電波が降ってくるということ。その価値や便利さを理解したうえで、私たち電波天文関係者はどのような方針でこの技術に向き合っていくべきか、ここ数年が正念場です。

スターリンク衛星から「見た」オーストラリア

2024年5月10日、イーロン・マスク氏のXへの投稿。スマートフォンに直接つながるタイプのスターリンク衛星が電波の周波数で見たオーストラリア、とのことです。この画像が投稿された後に電波天文関係者でも話題になっていましたが、これだけだとどうやってこの画像を作ったのかよくわかりません。おそらく、衛星が受信する(地上のスマホからの)電波強度をスターリンクの軌道情報と併せて図にしたものなのでしょう。オーストラリアの陸地の形はあとから合成したものだと思います。シドニーやメルボルン、西岸のパースなどの都市が明るく、たくさんのスマホがあることがわかります。パースの北東の人口が少ないエリアにはマーチソン電波天文台があり、次世代の巨大電波望遠鏡であるSKAが建設中。そんな場所の上も容赦なくスターリンクは通るわけで、天文学者たちは頭を悩ませています。

電波静穏地帯に建設中のSKA、上空からたくさんの人工衛星が叫ぶ

2024年5月27日にオーストラリアのABCニュースに掲載された記事。上でもご紹介した、西オーストラリアのマーチソン電波天文台に建設されているSKAですが、人工衛星のノイズにさらされる危険が指摘されています。ここでいうノイズは、人工衛星が通信に使う電波ではなく、衛星に搭載されている電子機器から漏れ出る低周波のノイズのことです。通信に使う電波は国際電気通信連合の規則に従って管理されていますが、ノイズは規制がないそうで、でも感度の高いSKAではそれが見えてしまうと想定されてしまいます。衛星数はどんどん増えていますので、ある周波数ではどこを見てもノイズ、ということになりかねません。衛星の反射光もノイズも、規制する組織がないところが解決を困難にしています。
記事中でナイスな自撮り写真を出しているFederico Di Vruno、SKAの周波数管理担当者です。国際電気通信連合のジュネーブでの会議でもよく会う、頼れる仲間です。

ドコモら、約4km上空から38GHz帯電波の5G通信に成功 HAPSの早期実用化へ

2024年5月28日にITmediaに掲載された記事。電波が降ってくるのは衛星からだけではありません。HAPS(High Altitude Platform Station)と呼ばれる、高度約20kmの成層圏に浮かべた飛行機を通信基地局にする構想があります。高高度を安定して長期間飛ぶ技術はまだ成熟していないようですが、昨年行われた世界無線通信会議ではHAPSが携帯電話用の周波数の電波を出したり受けたりすること、つまりHAPSを携帯基地局とすることが認められ(参照:ソフトバンクのプレスリリース)、制度面では準備が進んでいます。
HAPSはソフトバンクがかなり力を入れて準備をしていますが、国際電気通信連合での議論においても電波天文に影響が出ないように配慮はしていただけているので、お互いに共存できるように今後も話し合いを続けていきたいと思っています。


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