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ヒーロースレイヤーと偶発変身少女 少女視点②

目が覚めた。灰色の壁と天井しか見えない。ゴミ箱さえない。頭がクラクラする。自分がパイプ椅子に座らされ、金属製の拘束具を後ろ手と両足首に嵌められていることをわりとすぐに理解した。記憶と周囲の状況を探ろうとして、背後から声。
「お目覚めのようだね」
本当に言う人いるんだ。ズルズルと何かが床を這いまわる音がして、タコの覆面をつけた怪人が私の前に現われた。思い出す。確か、吸盤がある太い何かに締め付けられ、意識を失った。あれがこの人だろうか?


怪人の背中から突然吸盤突きの触手が現われて、さきほどのズルズル音の正体を悟り、身体が震える。私、よりによって金銭以外の目的で誘拐された。よもや自分の身に起こるとは。ニュースをどれだけ観ても、なかなか心の底からシミュレートできないという話は本当だった。絶望と後悔に完全に包まれる前に、かろうじて呼吸したが、それでも真っ暗になった。
タコ男はおおげさに両手を振った。彼の背後では触手が手の動きと無関係な感じで動いている。
「おおっと、誤解しないでくれ。年下好きじゃない。君がこれから素直に答えてくれたら、年下好きになったりはしないよ。約束する」
拘束具は硬い。多分、デジタル式の施錠がされているタイプ。————暗証番号か指紋か。この男を誘導して解放される見込みはかなり薄い。どうする?ミルトン・エリクソンの本は図書館に予約したきりだ。そう格好つける程度には、肝っ玉が縮みあがっている。

 タコ怪人は言った。
「・・・我々が君を誘拐したのは君が持っているあるものが欲しいからだ。君は俺達に捕まる前にある男から何かを預かったね。それはどこにある?答えても、答えなくても、いずれ言うことになるけど、なんといっても、儀礼というのは大事だ。ヒーローでも怪人でも人間でも」
「・・・助けてください。お願い」
頭をできるだけ深く下げ、ちらりと目線を上げたが、タコは首を振っただけ。
「我々も悪の組織というわけじゃないから、正直そうしたい。しかし、そうもいかない。我々は君が持っているブツがどうしても手に入れたいんだ。・・・・・・実を言うと、君をここに運ぶ前に君の所持物を徹底的に調べ、体内検査もかなり深いところまでしたんだが」
「ウゴエ」
サイアク。最悪の十乗。生理的不快感が恐怖を凌駕する。いや、それもある意味恐怖。
「ごめんよ、ハードスケジュールで余裕がなかったんだ。一応担当者は全員女性だから」
「・・・なかったなら、帰してくださいよ。私、居場所なんて本当に知らないんスから」
「そうだろうとも。そうだろうとも。それでも帰せない事情がある。我々は君が鍵だと思ってる。組織の目的のブツを見つけるための」
「鍵とかブツとか、ひょっとしてクトゥルフですか?全然わかんないです」
「・・・・ふーむ、こうなったら・・・今にわかるよ」


タコ男の吸盤がゆっくり後ろに下がった。なんだろう。体を乗り出し、頭の位置を前にしたのは失敗だった。額に衝撃を感じ、頚椎が折れそうになりながら後ろに倒れた。無論力を抜いたが、衝撃で肺から空気が抜けるのとショックはどうにもならない。床に倒れる寸前で身体を反転させ、肘関節をしたたかに床に打ち付けるのはかろうじて回避。「女性でもできる護身術」部に新聞部と二足の草鞋で通っていると、いいことあるね。
 
部長の言葉を思い出した。「自分がどんな状況・どんな姿勢でも相手から目を離さないように」タコから視線を離さないようにしながら、丸太のように転がったり、ヘビのように這ったりして、距離を取る。制服のスカートの下、黒パンはいていることを急に思い出した。

怪人は触手をムチのようにしならせ連撃を放ってきた。咄嗟に丸まったが、すぐにいたるところを締め付けられる。苦しい。どの骨が音を立てているのかさえわからない。

(・・・死にたくない)

(どうしても死にたくない!)

(あのタコを〇す!!)

(やっぱ・・・ダメかも・・・)

いや・・・絶対にぶっ〇す!!!!

———こういうとき、言う言葉。思いついた。ひとつだけ。

変身!

声が出た。呼吸の苦しさで喋れるなんて微塵も思っちゃいなかったが、それでも、出た。思ったより酸素は残っていたらしい。同時に体中の温度がコロナワクチン四回目接種後より熱くなる。拘束具が溶け落ち、変身ポーズも取っていた。子どもの頃練習し過ぎて、身体に染み付いている。私がさっきやったのは誰のバージョンだ?

自分がどんな姿になったか、着ているものの重さがどれだけ変化したか、頭につけているものは何か。恥ずかしながら、そういったことを気にする間もなかったので、私は千切れた触手に右往左往している男の額に渾身の力で空手の三日月蹴り(ライダーキックのつもり・・・です)を放った。一発で十分だった。男は吹っ飛び、灰色の壁をぶち抜き、私がその威力に驚く前に、穴から一斉に様々な動物顔の人間達が乱入してくる・・・にんげん?

ライダーキックを再び放った。今度は床へ。頭を両手で保護しながら反力で飛び上がって、同じように天井をぶち抜き、そこには幸い誰もいなかった。同じような灰色の壁に包まれたミニマルな部屋。オフィスないのか。

逃げる。それをひとまず最優先に、動くことに決めた。変身したとはいえ、中身はか弱い女子高生のままだ。仮面ライダーになるための本格的な訓練はしたことがない。

でも、もし、同じようにか弱い人間達がこの建物の中に閉じ込められてひどい目に遭っていたら、いったいどうするつもり?あんた、今一応ヒーローなんだよ

考えた。はたしてこの建物にはどれくらいああいう怪人がいるのだろう?ひとまず建物の案内図を探そう。護身的には逃げるのが正解だ。こういう風に考える時点で、ヒーローの資格から外れている気がしてきた。そもそも、私は読みたい派で実際にやるなんて思ってもみなかったがな!!


ドアを開け、廊下に出ると、素晴らしいことに白衣姿の怪人がたくさん待ち構えていた。実験室から出てきたような彼らは全員がトカゲに近いが、赤とか黄緑とか、色合いがバラエティー豊か。
「想像以上の出力だ。まったくもって恐ろしい!恐ろしい!!・・・そして、実に素晴らしい!!」
誰の声がどこから聞こえてきたのか?と思ってる間もなく、左右から物凄い力で肘を羽交い絞めにされる。肩関節の強い痛みを感じつつ、ライダーキック二連撃。足の甲が砕ける音と悲鳴。怪人も痛みを感じることが段々わかってきた。

(・・・これじゃ、ライダーキックというよりチャウ・シンチーだよ)

自由になった脚で左右の男の大腿部に蹴りを入れ、バランスを崩させることに成功した。ふいに、ピュッという音と嫌な気配を感じ、私は振り向いてそれを掴んだ。

吹き矢だ。たまたま前にいたカメレオンの首筋に突き刺すと、すぐに昏倒してくれたので、そいつの首を左手で抱え込み、盾を作った。吹き矢がカメレオンに突き刺さる。その身体を投げ飛ばして前方の何人かを下敷きにし、空いた空間目掛け、体重移動を使った縮地をした。いったん、上半身を沈め、反力と変身パワーで駆けている。風よ、私に後生だから力を!!吹き矢をどうにか躱し切り、もう少しで非常階段のドアにたどり着くタイミングで紫のコスチュームのヒーローが立ち塞がった。私の定義では、ヒーローは動物の顔をしていないことが多い。顎に衝撃。今のは殴られたのか。ステルス過ぎた。再びすべてが暗転してゆく・・・自分の手袋が灰色であることを今更知っ・・・(続)


 

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