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【 ゲストレビュー 】 下司悠太 『反抗的味噌汁』 レビュー by 秋光つぐみ

反抗的。反抗するようなさま、また、反抗する気持を態度や言動に表わすさま。味噌汁。みそをだしにとかし、刻んだ野菜や豆腐やわかめなどを入れて煮た汁。

反抗的。むき出し、刺激的、あるがまま、不安定。
味噌汁。溶ける、吸い込む、ひと息つく、安心。
これは私のイメージ。

一見、相反するような気がする二つの言葉が並んでいることに「はて・・?」とかすかな疑問を無意識に抱き手に取るも、するりとその手中から抜け落ちそうな滑滑した真っ赤な装丁が、凝り固まった私の何かを破壊してくれそうな予感がした。

社会人になり、一人暮らしを始める。変哲の無いありふれたフレーズだけれど、この社会においてその体験を得る一人ひとりがそれぞれに、環境が違い、想いがあり、次第に定着していく生活がある。

朝少し起きるのが辛かった、歯磨きするときに口内炎が沁みた、本棚の角で足の小指をぶつけた、目玉焼きに醤油をかけ過ぎた。誰かに語るほどのことでもない、自分に襲いかかる日常のちょっとしたざわめきや、うまくやりたいのに何故かできない、わずかなズレに気がついて小さく落ち込むこともある。

対して、そんな些細なこと(に周りは見えても本人にとっては大きいこと)をものともしないくらい、自分一人の力ではコントロールできず、全く歯が立たない理不尽で巨大な資本主義的・現代社会の無秩序。それに対するどうしようもない失望感。それらは紛れもなく存在し、私たちの生活を容赦なく叩きのめしてくることもある。

日々タイムラインに流れてくるニュースに心を痛め考えようとしながらも、とにかく生きることに精一杯。考えようとしたところで立ち止まってしまう。そうしてまさに思考停止気味だった私の脳に、彼の言葉がグサリと刺さる。

小さい摩擦にも悶えているのに、この社会の混沌を切り裂いて逞しく生きるなんて、そう容易いことでは無いのだ。

それでも人生は続く。さて、どうするか。

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彼は「味噌汁」という答えを出した。というか答えを出すための「方程式として味噌汁を選んだ」というようにも感じる。「企業にアイデンティティを奪われる」繰り返されるこの言葉を念仏のように芯に据え、彼は来る日も来る日も味噌汁をつくり、炊いたお米とともに食する。1日の食事の計画を完璧にこなす。季節が巡る。味噌汁の具材が少しずつ豊かになる。米麹を作る。必要なものは自分で作る。生活していく自信がつく。季節が巡る。恋人ができる。季節が巡る。

1日の、1年のサイクルが「味噌汁」という立派な食事を軸に展開されていく。そんな日々の中で、社会に対する「反抗的」思考がただの美味しい「味噌汁」を作らせた。

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社会に対する反抗は、味噌汁のある生活に直結した。
なんて美しい着地だろうと思った。

反対を向いているように思えても、その問いへの答えは存在するのか、一体何なのかということを常に考えていれば、それらは表裏一体、いつでも背中にへばりついているのかもしれない。それくらいに近い。探そうとしなければ見つからないままだ。でも、彼に取っての味噌汁のように、考え続けながら真正面から生活に向き合っていれば、自分のものになっていくのだ。

真っ赤な装丁の「反抗的味噌汁」は、ひょっとすると現代社会に噛みつきそうになりながら必死でしがみつき、己の道に陽を当てながら生きようとする者たちへの「讃歌」であると言いたい。

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レビュー by 秋光つぐみ(パークギャラリー・スタッフ)

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