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『もしもし、一番星』 #01 — 光って暮らして — by 阿部朋未

不完全な自分のままで書いてみようと思ったのは、ジリジリと夏の日差しが街を照らし尽くすようになる頃だった。

人はどうしてもきれいな部分を外へ見せたいと思ってしまうのが性だ。どんな作品も、ひいては普段の日常でさえも、これについては誰も彼も最早どうしようもない。

最近買った化粧品、スタバの新作、近年稀に見るほど人で溢れかえるフジロック。そりゃあ人間だもの、日々の愚痴だけでは心が荒んでしまうのもおかしくないし、見せたいと思う "きれいな部分" には純度100%の気持ちや想いだって込められている。良くも悪くも SNS ではインフルエンサーだけでなく、市井(しせい)の人間の呟きだってボタンをタップするその瞬間に否応なしに意識は少なからず外に向いていて、本当の独り言なんて誰にも見せない日記か口にしては何にも残らずに消えてしまう声でしか本来の意味を持たなくなってしまったのかもしれない。今、こうやって書いている文章だってそうで「不完全な私のままで書いてみよう」と思い立って書いているのに、実際には人様の目に触れても大丈夫なようにあらゆる部分を配慮し、工夫を凝らし、とっ散らかった内心をひとまず言語化したのち、そこから文体や表現をある程度整えている。そこはちゃんと洋服を着なければならないけれど、実のところその中身は不完全な私のままにはやっぱり変わりない。

根が土から養分を吸い取り、植物が思い切り育っていく。12年分の内容、制作期間3ヶ月、開催期間10日間の日々は私の畑から栄養を全て吸収していった。

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要は初めての個展を終えてからの日々はエネルギー切れで、回復しようにも制作どころか生きていく上で元となる土台もとい土壌には栄養がほとんど残っていない状態だった。

今、こうやって生きているのも不思議なくらいで、地元に戻ってきてからは文字通り1ヶ月以上寝込んでしまったのでその間の記憶が曖昧だ。"生活" と呼べる生活を行えていたのすらもか定かではない。怒涛であり、ある意味『走馬灯』とも言える3月は本当に実在していたのか? はたして全部夢ではないのか?と時折疑ってはスマホの写真フォルダと Instagram を開き、写真に納めた個展の様子を確かめて、「夢じゃなかったんだな」と小さく安心して重たい瞼を閉じるそんな毎日を続けていたら、いつしか地元の桜は散っていた。

軋む音が聞こえてきそうな重たい体を動かせるようになった頃、少しずつこれからのことを考える余裕が生まれてきた。個展を開催できたことで見えてきたことや、進みたい道が徐々に鮮明になり、いざ手を動かそうとしてみると頭も心も空ぶかししているような感覚に陥った。それでいてお腹が空いているどころか、"枯渇"という表現がしっくり来るほど頭や心がこれほどまでに栄養を求めているのがわかる。あ、これはまずいかも。カメラのシャッターボタンを押そうにも、パソコンのキーボードの上に手を置こうにも、なんだかいつもより両手が重たく感じてしまう。特に文章を書いてみると、やはり文体がぎこちなくてしっくりこない。あれ、こんなにカクカクした文章を書いていたんだっけ。どうにもこうにも普段の、少なくとも個展前の自分の状態とは異なっていて、明らかに何かがおかしくて、何もかもが足りていない。確かに個展が終わったら完全燃焼みたいに動けなくなるだろうなぁとはある程度予測していたけれど、まさかここまでだとは。ぼんやりと頭の中で思い描いていた"個展が終わったのと同時に飛躍していくイメージ"は瞬時にかき消されて、目の前に広がるのは決して不満ではないけれど満足もしていない、目まぐるしいながらも単調に続いていく毎日の繰り返しだった。

ただ、個展前の自分とは決定的に違うのは「今は畑を耕す時期なんだな」と腑に落ちるほど納得し受け入れて生活を続けていることである。今までだったら絶対に焦って空回りして鬱屈とした気持ちが心とお腹の底に沈殿して固まっていき、静かに暗黒面へ落ちていくだけだったに違いない。漠然としながらも自分の畑が痩せ細っていること、なにより無意識のレベルで心の底からありとあらゆる栄養を欲しているのは明確であり、見方を変えれば元々の土壌に別ベクトルの新たな栄養を取り入れられるチャンスなのだろう。こうなったら見境なくめいいっぱい栄養を摂取して土を肥やし、試行錯誤しながら畑を耕し、真っ直ぐな日差しの照らすまま縦横無尽に深く根を張り、背伸びの如く青々とした茎と葉を思い切りどこまでも生やしてみようではないか。しばらくはそういう期間にしてみようと決めてから、心は幾分軽やかになった。

街の図書館は2週間の貸し出し期間に最大で本を10冊借りられる。最大限まで借りては仕事やらの言い訳でほとんど手を付けられずに期限を迎え、またそっくりそのまま同じラインナップでの貸し出しをもう一周するような最近を過ごしていたので、まずはそこから改善していくことにした。それに加え買って続々と床に積まれる本と雑誌たち、マイリストに入れっぱなしのままで規則正しく月々の課金だけが成されていく動画配信のサブスク、お気に入りに登録しただけでついつい後回しにしてしまう幾多ものポッドキャストの番組といつも再生期限ギリギリの radiko のタイムフリーの数々。こうやって並べただけでもキリがなくて、無限の体力と気力がどれほどあったらいいかとつい頭を抱えてしまう。忙しさという事情は考慮するにせよ、結局は時間の使い方でしかないのだけど。

そんな中でも最近は日常のふとした合間に自然と本棚に手を伸ばすようになった。夜寝る前に短編エッセイをひとつふたつとか、写真集をぱらぱら捲ってみたり。小さい頃、母親がベッドの上で絵本を読み聞かせてくれた遠い記憶を思い出して、ささやかながらも穏やかな夜の在処にもう一度出会えた気がした。時を経ていく毎に加速していく忙しなさの中で心の底から求めていたのは、もしかするとこんな時間なのかもしれない。土手に腰掛けて川の流れを静かに見つめる時間とか、暮れゆく広い空で瞬く一番星と偶然目が合って、その光がここに辿り着くまでの時間に思いを馳せたりも。きっとすぐ忘れるんだろうけど、名前のない瞬間を気が遠くなるほど繰り返してここまで生きてきた。今、私が発した光はどこへ、どこまで届くんだろう。真っ暗な底なしの寂しさの中に居たとしても、私がこうやってなんとか生きていられるのは、小さくとも誰かが発してくれた光に照らされているおかげだ。ならば、不器用ながら光ってみようと思う。結局のところ好き勝手やっているだけでしかないけれど、それがきっといつかの誰かに届くならば。

個展が始まるずっと前も終えた後も、私は根深い地域格差コンプレックスを抱えている。観たい写真展、本屋さん、ライブなどみんな大体東京近郊に固まっていて、スケジュール的にも金銭的にもそうそう頻繁に足を運べるわけでもない。ドア to ドアで地元と東京が繋がれば良いだけの話だけれど、現実はそうも容易く行くわけでもなく、電車が1時間に1本あるかどうかの街、そもそも新幹線のある駅まで辿り着くのにどんな交通機関を使えど最低でも1時間は掛かってしまうのが実情だ。そういう要因などで新鮮な情報や作品に触れるまでに様々なハードルやタイムラグが生じているため、現地に足を運べる状態になるまで先述のコンテンツで栄養を賄っているという意味合いも併せ持っている。しかしながら、リアルに触れられるものにはどうしたって敵わないし、結局のところリアルな作品や体験に触れられるまでの繋ぎとしての役割でしかないのかもしれない。歯痒くてたまらないけれど、この地で生活している以上本当のことなのだから仕方ない。仕方ないと何遍も言い聞かせても、"地元で楽しめる娯楽を"と考えても、私が見たいもの・触れたいもの・会いたい人は大体直線距離で 330km 以上離れている場所にしか存在していないのだ。

都市部には敵わないのはどうあがいたって揺るぎようのない事実である。だからこそ、私が息を吸って過ごす日々はどうしたって生じてしまう地域格差へ真っ向対抗するアンチテーゼのような姿勢であり、地方の片隅に居ながらどれだけ伸び伸びとやっていけるかの挑戦でもあって、正直なところちょっとだけワクワクしている。その先に何があるのかはまだわからなくて明確なビジョンさえも見えていないし、まごうことなき田舎のアラサー、下手したらまた別のベクトルで行き詰まる可能性だって大いにある。そもそもこんな生活をいつまで続けられるかもわからず、ある日突然終わってもおかしくない。たとえいつ終わってしまっても後悔が出来るだけ少ないように最大限楽しくやっていこうと思う。そして、こんなヘンテコでいびつな私の姿を見て、10年以上前、話の合う友達もサードプレイスの行くあてもなく息が詰まりかけていたあの頃の自分のような学生が「私でもここに存在してもいいんだ」と少しでも思ってくれたら私は一番嬉しい。

阿部朋未

『もしもし、一番星』 TRACK 01
サニーデイ・サービス『ぼくらが光っていられない夜に』

阿部朋未(アベトモミ)

1994年宮城県石巻市生まれ。尚美ミュージックカレッジ専門学校在学中にカメラを持ち始め、主にロックバンドやシンガーソングライターのライブ撮影を行う。同時期に写真店のワークショップで手にした"写ルンです"がきっかけで始めた、35mm・120mm フィルムを用いた日常のスナップ撮影をライフワークとしている。

2019年には地元で開催された『Reborn Art Festival 2019』に「Ammy」名義として作品『1/143,701』を、2018年と2022年に宮城県塩竈市で開催された『塩竃フォトフェスティバル』に SGMA 写真部の一員として写真作品を発表している。2023年3月、PARK GALLERY にて個展『ゆるやかな走馬灯』を開催

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