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猫背で小声 season2 by 近藤学

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猫背で小声がちょうどいい、会社員・近藤学による人気エッセイのシーズン2。人生の半分を『自分磨き』(ひきこもり)に費やした青年が、社会の窓を開いて外に出るまでの小さな物語をシーズン…
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猫背で小声 season2 | 第23話 | 想いびと、春

2023年、春。考えることはいっぱい、思うこともいっぱいある季節を迎えた。この日は金曜日。珍しく有休の取れた日にぼくは普段あまり行くことのない『新橋』へと足を運んだ。 『新橋』へ来た目的。それはおいしいプリンがある純喫茶に行くためだ。 時刻は9時30分。 東東京出身、在住のぼくだが、新橋には疎い。ビルが建ち並ぶ景色に多少疲れを覚え、ぷらぷらする余裕なんてなく、とにかく目的地の純喫茶へと足を運んだが、まだオープンはしていない。けど、店前にたくさんの行列ができていた。 行

猫背で小声 season2 | 第22話 | 幸と悲

どっこいしょ。 こんな風に腰をかけて安らげる場所を、みんなは持っているだろうか。 実はぼくにはある。 東京の東の下町にある、心から安堵できるカフェ。この店の椅子に座るたび、日頃の疲れがドッと出るのがわかる。自然と「ふうぅ」という息づかいをしてしまうのだ。 息づかいというより「生きづかい」。明日も「生きる」ために日常での疲れを癒す場所。しかしこのカフェを知ったのは最近。 パークギャラリーがきっかけとなってできたイラストレーターの友人がいるのだけれど、その友人がこのカフ

猫背で小声 season2 | 第21話 | 生きづらい脳味噌

生きてりゃつらいことは必ずと言っていい程ある。 つらいよ、つらいよ、と言いながら生きてくのが人間なんだろうと思う。 ぼくはよくひとから「生きづらさを感じませんか?と」聞かれることがある。もちろん無い訳ではないが、健常者に比べると、生きづらさという「事故物件」に住み続けていることになる。 まずこれまで生きてきて統合失調症という病気から逃れられることはなかった。中学生の時に発症して、生きること自体に違和感を感じながら生きてきた。今日も明日も昨日もその昔も統合失調症。 次に

猫背で小声 season2 | 第20話 | 紆余職職

働く人 働かない人 働きたくても働けない人 働くことに対して無な人 いろんな人がいるだろう。 ご存知の通り20年間引きこもってきたぼくだけれど、最初に「働く」という経験をしたのは、地元の郵便局の年賀状の仕分けのバイトだった。はっきりとした時期は覚えていないが、たしか成人式を迎え「社会に出てやる」と思ったその年末のバイトだったと思う。 このバイトの業務は年末から年始までで、毎日てのひらから溢れ出てしまうほどの年賀状を箱から取り、ひたすら住所の書いてある BOX に入れていく

猫背で小声 season2 | 第19話 | 揺れて、いる

「祭は好きか?」 そんな問いに答えが出るような出来事があった。 今年の5月。 東京・末広町のパークギャラリーの近く、神田明神はちょっと騒がしかった。 なぜなら4年ぶりに「神田祭」が開かれることになったからだ。 この神田祭。日本三大祭りのひとつに挙げられていて、それがどのような賑わいになるのかは全く想像できない。 今日は土曜日。 ぼくはカメラを首に掛け、神田明神へと足を運んだ。 神田明神に近づくと、なにやら賑わっている。 縁日という感じで出店がこれでもかという

猫背で小声 season2 | 第18話 | 例の礼

今年1月。 季節は寒く、気持ちは冷めてゆくけれど感受性が高まる日々を過ごしていた。ぼくはいつものように仕事をしている。いつからか仕事をさせてもらえている立場にもなった。 仕事が終わり、家へと帰るため電車に乗る。 いつも乗る電車は同じで、いつも同じ車両に乗る。 疾病からくる几帳面な横顔が車内全体に拡がっている。 車内に入ると時刻はまだ 17:40 。 隙を見て車内に座る。 毎度毎度仕事で疲れているので目を瞑(つむ)るひととき。 現実を忘れるためには必要な時間。 少し息を吐く

猫背で小声 season2 | 第17話 | 俗に言う続続

最近も具合が悪い。 今にはじまったことではないが、さらに具合が悪くなっている。なにが原因かは言えないが、言えないくらいがこの社会に生きる大人っぽくて、なんか誇らしい。 最近は引きこもりから脱した今現在の姿を語りすぎのような気もしてきたので原点回帰。 “病み” に暮らした経験を語ることで、“闇” を抱えているひとに寄り添えたらという、この連載の当初の目標。胸に手を当てても当てなくても当たり前のように出てくる答え。 「やっぱり “やみ” で困っている人を助けたい」というの

猫背で小声 season2 | 第16話 | 星となるひと

誰かを好きになると、なにかが起きる。 いや、「起こる」のが、ぼくだ。 ぼくは以前あるひとのことが好きになった。 「あるひと」もぼくと同じ “界隈” のひと。 でもそのひとはめちゃくちゃ頭がよくて、かなりいい意味で頭の切れる「頭切れ子さん」だった。 その切れ子さんとの関係はずいぶんと前に終わったのだけれど、でも切れ子さんはぼくにとって常に「いいこと」をもたらしてくれるひとで、切れ子さんの存在を知人に話したら、桑田佳祐が歌う『LADY LUCK』のような ひとだと言われた。

猫背で小声 season2 | 第15話 | ヨがあける

2023年2月の話 有益な関係がそばにある。 そんな関係がぼくの「そば」にいた。 ウチのオトンには妹がいる。 その妹がとついだのが新宿区歌舞伎町のあるおうちだった。 その妹はぼくにとっては「叔母さん」なのだが、その叔母さんがとついだ歌舞伎町のおうちとぼくの家族は幼い頃から仲が良かった。 その歌舞伎町のおうちには『カズヤおじちゃん』という叔母さんの旦那さんがいるのだが、そのカズヤおじちゃんが幼心にもパンチのある人だなと感じていた。 まず会社の社長なのである。しかも歌舞

猫背で小声 season2 | 第14話 | オカン、一言多い。 けど、一品多い。

ある日、 というか あの日、 オカンの誕生日が近づいていた。 今までプレゼントを何もあげてこなかったわけではないが、ふと、なにか印象に残るものをあげたくなったのである。 オカンの好きなものは「花」。 家のリビングには気づくと花が飾ってあったし、今ではオカンとぼくしか行かなくなったけれど、先祖のお墓にも花を買って添えるほど強い想いがあるのだと思う。 そんな姿を軽いタッチと深い気持ちで注視していたぼくはある人の顔が浮かんだ。 パークギャラリーでお世話になっている「

猫背で小声 season2 | 第13話 | コメディ No.1(下)

後編。 帰り道、店でお酒を2杯ほど飲んだのだが、いつもより酔いはまわっている。 いや、「酔い」というより今日の自分のはじめての一人飲みという行動と、とても愉しかった空間が、自分の身体を侵食しているのだ。 「宵」がまわる。 家に着く。寝る。寝れない。 お酒を飲んだのに。 そんな夜もあるさ。 そんな日もあるんだね。 浅い眠りの中、夜は明けた。 少し眠っても、数時間前の出来事を想い出す。忘れられない。 不登校。 引きこもり。 精神疾患。 昨日の自分。 これらはす

猫背で小声 season2 | 第12話 | コメディ No.1 (上)

ある日こう思った。 20年間引きこもった人間が人生を逆算した時、何をしたら楽しくなるか。 そして驚かれるか。 2023年。今年は奇しくも引きこもりから社会復帰し、10年目を迎える。いわゆる10周年だ。 10年前 NHK 朝の連続ドラマ『あまちゃん』で無邪気な笑顔を見せていた能年玲奈も、今では『のん』に名前を変え、紆余曲折ありながらも『さかなクン』を演じ、日本アカデミー賞優秀主演女優賞を獲った。 過去、引きこもりながら能年玲奈のごとく笑顔を見せていた『ぼく』に、こんな

猫背で小声 season2 | 第11話 | 人生は、コメディである。

急に来たのである。 急に着たのである。 雪国のひとがドテラを着ているかのようなあたたかい幸せな気持ちが。 ある日、勤めている会社から依頼されてとあるネーミング案を提出することになった。名前を考えてほしいという依頼だ。 今までもこの会社で5件ほどコピーやネーミングを提案した実績があったけど、自分の色を出せたり、納得のいく結果にはつながっていなかった。真面目な会社だからか、いつも誰かが考えたおとなしい感じの文言が選ばれていた経緯がある。 これまたある夜、とある忘年会に参加

猫背で小声 season2 | 第10話 | 北国のオンナ

休職中だった春のある日。何もすることがなかった。 生活にハリがない。現在過去未来が、しぼんでいた。 生活にハリや目標がないと、外に咲いている桜も鬱陶しく、心は震えない。 世間では新生活がスタートする季節。僕はヒマだったので普段あまり見ないユーチューブをなんとなく見てみようと、検索窓に自分の興味があることを入力しはじめた。 「野球」 「昭和歌謡」 そして、当時興味が湧きはじめていた「サウナ」をなんとなく入力してみると、検索結果として動画のサムネイルがダーっと表示された