見出し画像

浴衣と文化

久しぶりに浴衣を着てみた。
なんとも心地良い。
着心地も気持ちも。 こんな時日本人で良かったと思ってしまう。
その反面、不便さも感じる。下駄は歩きづらいし、大股では歩けない。靴擦れもする。上手く着ないと着崩れるし、動きも制限される。
着慣れた人からするとそれは慣れてないからだよと言われそうだが。
けど、そんな不自由さも心地良かったりする。


自分が生まれた時には和装は何かある時の特別なものになっていた。
お祭りや結婚式に成人式。京都に行った時も来たりする。笑 そんな時ぐらいしか着る事はなかった。
男性はさらに少ないだろう。
機能性、利便性 そう言ったものが選ばれてきた。現代社会には合わないのだろう。それは当然のこと。
全ての世界でそうだとおもうが、世の中は常に進化してきている。
進化しないと生きていけない。人の世だけでなく、動物も昆虫も同じ。
成長のないものは淘汰される。

自分はどうだろうと考える。成長したのか?進化しているのか?
なんとなく成長している。それは子供が日々成長するようなものかもしれない。
言ってしまえば当たり前のこと。
成長するには常に挑戦をし続ける必要がある。
そしてそれを継続しなくてはいけない。

変化、進化とともに思う事がある。
それは、今まであったものをどう扱うか。

料理人の観点からだが、日本はこの数十年でとても多くの物を失ってきたと思う。
今後も失っていくだろう。
伝統工芸、文化、食材。

包丁のお話をしよう。
“包丁一本晒しに巻いて〜🎶”と歌があるように料理人=包丁というイメージはあるだろう。
日本の包丁は世界中でとても人気がある。どの国の料理人も日本の包丁を1本は持っている。
それぐらい日本の包丁は人気がある。そして、包丁のお店も増えている。
しかし、実際現場はどうなのだろう、、 包丁を作る職人は高齢化、そして後継者不足。知り合いの職人も高齢の為やめてしまった。
本焼きという刀と同じ製法で作られた包丁を打てる職人は数えるほどしかいないと言われている。
それなのに、実際たくさんの本焼き包丁が安い値段で売られている。
そのほとんどが偽物である。
ここに日本の問題がある。
売れれば良いと安く大量に作り売ってしまう。
そう言う場当たり的なことをやっていると本当に大切な物を失ってしまうと思うのだが、、 
さらに現場の人間には皺寄せが来る。決して現場は潤っていない。。
それでいて、メディアでは世界に誇る日本クオリティーだ、世界に人気の日本だ。
やけに日本を持ち上げる。
確かに日本のイメージは良い、クオリティーにも定評はある。
しかし、それは今まで多くの人たちが築き上げた上の物である。
このままで行けば、日本の失落は目に見えている。
というか、多くの日本文化が過去のものになってしまう。
一度なくなってしまった物は二度と出てこないのに。
そう思うと、一層大事に思えてくる。。

『伝統と革新』難しいところ。
その為にできること。大きい事はいきなりはできないだろう。
小さい事を継続していく。
その先に見えてくるものがあると思っている。

さあ、今日も浴衣を着よう。靴ずれに負けずに。笑



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?