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まな板の上の俺−来るべきその日に向けての−

青年海外協力隊に大学時代からずっと憧れてきた。社会人も2年目となり、やはり青年海外協力隊への思いを捨てきれず応募した。せめて丸3年は社会人として基礎を積むべきだと思っていたが、そこまでは待てなかった。人生には生き急ぐべき時もあるはずだ。

応募は4月に行った。不安だった。しかし、書類審査を通過し、2度にわたる面接も好感触で完了した。
現在は10月26日の結果発表まで祈りながら待つのみである。応募から合格発表まで6ヶ月程ある。ちと長過ぎやしないか、JICAさん。

絶対に落ちたくない。これに落ちたら、次回の派遣まで約1年後ということになる。私が想定している今後のキャリアプランには、『青年海外協力隊に落ちる』というプランBは持ち合わせていない。確実に途方に暮れることになる。1人の健気な若者が失意の末、アル中になることをJICAとしても望んでいないはずだ。

今はただ、日々、自分のなすべきことを成して、その日を待つしか私にはできないのである。私に選択権はない。ただその時を待っているのである。

人生には凪の期間が存在すると思う。自分でどう頑張っても、どこからも風が吹かず、必死にボートを漕いでも前進もしない期間である。2020年に始まったコロナ禍から現在まで、私の人生は凪の期間だったと思う。自分でも何がしたいかが分からず、様々なことに手を出し(そして時にはしっぺ返しに遭い)、暗中模索の日々だった。自分で足掻いてもどうしようもない時期はある。天職のことを英語ではCallingと言う。つまり、天職は相手から呼ばれるのである。自分でドアを開けれると思ったら大間違いだ。

コロナも終わった今、自分の人生がズズズっと少しずつ動き始めている予感を感じる。どこからか風が吹いてきそうな気がする。もちろん吹かないかもしれないが、Who knows?

全ては神の手の中。そして僕はまな板の上の鯉。

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