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セーラーパンツ

世の中のパンツを少し強引な基準で大きく2つに分けるとする。
私なら、セーラーパンツと、それ以外のパンツに分ける。

セーラーパンツ。

ウエスト前中央の内側に隠れて縦に2個、外側には横に堂々と4個のボタンが並ぶ、脱ぎ着がめんどうなボトムのチャンピオン。トイレには相当の余裕をもって出向かなければならない。

左右の大きなポケットはうれしいのだけれど、ポケットに入れたつもりの物が、脚を伝って地上に落ちる。とてもよく落ちる。

ウエスト前の外側の布(ボタンホールが4つ空いた、ぺらっとした部分)とポケット外面とのあいだに隙間があって、ポケットの入り口とほぼ同じ大きさだし平行だしで、非常にまぎらわしいのだ。鍵や小銭入れはもとより、スマートフォンを落としたことも数度ある。

平置きするとほぼ長方形のような型で、ヒップに合わせたサイズだと、かなりもさっとしたワイドパンツ。脚部分が好みの太さのサイズを選ぶと、こんどは腰回りがひきつれて美しくない。着る人の体型に寄り添う気配が、まったく感じられない服。

ところで、私がここで語っているセーラーパンツというのは、フランス海軍で1950年代から1970年代まで採用された制服を指す。見た目のデザインが「セーラー風なデザイン」のパンツではなく、本物の水兵さん(※将校クラスは着ない)用の制服パンツ。

軍の制服と言われると、機能性だけを確保した、無骨で簡素な衣服のイメージを想像しがち。そういう制服もたしかに存在するのだけれど、このフランス海軍の旧型セーラーパンツについては、機能性を無視したコンセプトで作られたのではないか、とさえ思える。

白くてまっすぐで、パリッとした見た目の美しさだけを追求した制服。
大勢の水兵がデッキに並んで立つ様子は、まるで延々と続くギリシャ神殿の柱のよう。

脚長に見せるカッティングや、ヒップラインを綺麗に魅せるポケット位置、そういった現代では当たり前の(そしてやや食傷気味の)創意工夫はなく、ただただシンプルに白くて四角い。

どんなガニ股でもX脚でも、筋張った細い脚も筋肉質なゴツい脚も、履けばまっすぐな白い筒に変身する。そう、Disciplineを絵に描いたようなシーンが、即座に立ち現れるのだ。荘厳な規律の神殿。

水兵らが着用しているのを遠くから眺めるマクロの視点では、強く美しく規律正しく完璧。個人単位のミクロの視点では、個性を完全に抹消する衣服。他のミリタリーパンツにはない、飛び抜けた厳格さを感じる。身体性を匿名化するセーラーパンツ。

いわゆるスタイルがよく見える衣服ではまったくないのだけれど(脚なんて逆に短く見えるよ)、パンツ自体が強い意思を持つ生き物のような気すらして、ときどき脚を入れてそのツレなさと浮遊感を楽しんでいる。

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