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パリに向けた熱き戦い 視覚障がい者柔道 東京国際オープン

東京・文京区にある講道館の建物の7階。エレベーターの扉が開くと、左手の大道場から熱気が流れ込んできた。柔道着を身に着けた選手の両肩を、スーツ姿のコーチらしき男性がもみほぐしながら、何か声をかけているのが見える。試合開始までまだ30分ほど時間があるため、緊張をほぐそうとしているようだ。エレベーターを降りてすぐ靴を脱ぎ、道場に入ると、畳に載せた足裏を通じて自分の身体が軽く弾み始めた。ウォーニングアップのため、私の身体の倍以上はありそうな体格の男性選手が一人、軽くジャンプしており、その振動が伝わってきたようだ。

2階の観客席は、選手の家族や所属する企業の関係者がグループで観戦に来ている。髪の長い女性がお目当ての選手が道場内に入ってきたのを見つけて、隣の席の女性と指で示して確認しあっている。観客席にいる男性は、道場内にいるジャージ姿の中年男性に向かって手を振った。日本語でも英語でもない。会話の内容は分からないが、知り合い同志が挨拶を交わしているようだ。

ちょうど3カ月前、9月半ばに「全日本視覚障害者柔道大会」を取材に来た時も熱気はあったが、今大会は一段と増して、場内に充満している感じがする。
この日、講道館で開催された「東京国際オープントーナメント大会」はIBSA(国際視覚障がい者スポーツ連盟)公認の国際大会の一つだ。2024年にフランス・パリで開催されるパラリンピック出場を目指す選手たちは、IBSA公認の国際大会で上位に入賞して、パラリンピック出場枠を獲得するために必要なポイントを集めておく必要がある。日本人選手だけでなく、海外の選手たちもポイント獲得を狙っているはずだ。
新型コロナウイルス感染症対策のため、選手たちは皆マスクを着用している。試合が始まるまで顔の下半分は隠されて口もとは見えない。だが、身体から漂う雰囲気は「自分が勝ちにいくぞ!」「絶対に技を決めてやるぞ!」とでも言いたげだった。

◆スタミナ蓄え、勝利を引き込む


男子-90kg 松本義和(右)

 「この大会は、とにかく勝ち続けなあかん」
男子-90kg(全盲:J1クラス)の松本義和は、畳の上で気を引き締めていた。
約1カ月前、アゼルバイジャンの首都バクーで開催されたIBSA公認の世界選手権に出場したものの、初戦で敗退。パリ・パラリンピック出場へのポイント獲得に関わる大会だったが1勝もできずに終わっていた。東京オープントーナメントでは勝ちたい。勝ち続けたい。勝ちを求める思いが強くあった。
男子-90kg(J1クラス)の出場選手は計5人、総当り戦で4試合が行われた。中でも松本とウズベキスタンのAbdiev Turgunとの対戦は白熱した。
試合開始1分30分過ぎ、Abdievが足を繰り出して大外刈りを試みるが技を掛けきれず、松本の身体は崩れない。逆に松本が相手の技の流れを利用して、巴投げに持ち込もうとしたが交わされた。
視覚障害柔道は互いの身体が離れると審判の「待て」が掛かり、再び互いに組んでから試合が再開する。松本が背負い投げを試みたが手が離れてしまい、審判から「偽装攻撃」の指導が入った。
松本とAbdievは互いに胴着を握った手の力を緩めず、ぎゅっと握ったままだ。時間が刻々と過ぎていく。
試合時間は残り1分を切った。松本が相手の右腕を獲って寝技に持ち込もうとするが返される。審判の「待て」の声が掛かり、両者の身体が離れた瞬間、それぞれの選手が口から大きく息を吸い込んだのが見えた。残り4秒。Abdievの消極的な姿勢に「指導」が入った。両者が「指導」1つずつ、技は決まらないまま、試合は延長戦に突入した。
「相手の方が、自分よりもバテている」
松本はスタミナに余裕があるのを感じていた。負ける気はしなかった。
払い腰から相手の腕を引き込み、横から倒しにかかった。松本の口もとから振り絞るような声が漏れ、Abdievの身体が畳に沈んだ。

国際大会初優勝の松本(写真中央)

 額の表面には汗がうっすらと噴き出していた。目尻は下がり、口角は大きく斜めに上がっている。「満面の笑み」という言葉はこういう顔を指すのだろう。
 松本は、計4試合すべて勝ちきった。
 パラリンピックや世界選手権などに出場した経験はあるが、これまで国際大会で優勝したことはなかった。
 「60歳という年齢を言い訳にはできない」「自分よりも若い選手たちと戦ってもスタミナで負けない」と自分に言い聞かせ、負荷が強いトレーニングを取り入れながら練習を積み重ねてきた。今大会では、その練習の成果が結果に繋がったという。
 パリ・パラリンピックを目指して歩む道、今回の優勝は松本の背中を押すものになるかもしれない。

◆自信ある技で勝ちを獲る

男子-73kg(J2)瀬戸勇次郎

「やーぁっ」
試合開始1秒。男子-73kg(弱視:J2クラス)、瀬戸勇次郎が技を掛けにいった声が聞こえた。「あっ」と思った時にはすでに、カザフスタンの選手Orazalyuly Olzhasが畳に落ちていた。背負い投げで一本。見ていた者が瞬きする間もなく、今大会の男子-73kg(J2クラス)の出場選手計4人のうち、瀬戸が「最も強敵」と考えていた相手との対戦は終わった。

「今回は勝ちにこだわって、ああいう形で攻めることに決めていました」

瀬戸は11月の世界選手権1回戦で敗退した。自分を倒して勝ち上がった選手を負かして勝ち進み、世界選手権で3位に入ったのがOrazalyulyだった。
 「悔しくて、今回はどうしても勝ちたくて」
東京オープントーナメントでは、彼に勝ちたい。勝ちにいくなら、自信を持っている背負い投げでいこうと決めていたという。今大会では計3試合すべて勝利し、優勝した。

瀬戸は、2021年夏の東京パラリンピックでは男子66kgで銅メダルを獲得した。その後、視覚障害柔道のルールが大幅に変更となり、男子66kg級は無くなった。従来の7階級は60kg、73kg、90kg、90kg超の4階級に統合されたため、瀬戸は66kgから73kgに階級を上げ、パリ・パラリンピック出場を目指している。
選手たちは互いに研究し、相手の得意技などに対策を練る。パラリンピック・メダリストという実績がある選手は特に注目され、研究対象にされる。Orazalyulyとの対戦で開始早々一本を決めたことで、瀬戸の背負い投げに対するライバル選手たちの警戒感は増すに違いない。
「今大会では、連続技ができていなかったことが課題」と瀬戸。
 パリ・パラリンピックを念頭に、瀬戸の頭の中では次の国際大会に向けた準備が始まっているように見えた。

(取材・撮影:河原レイカ)


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