見出し画像

物理学におけるダイバーシティ

「ジェンダーと理科系進路選択」。
 
これは2024年3月号の日本物理学会誌に寄せられた、大阪大学・服部梓の記事のタイトル。
 
物理学を志す女性が少ないことを問題視し、この状況をどう打開するかに主眼を置いた論考です。

それによれば、「物理の教育・研究・応用においても男女が互いにその人権を尊重し、性別にかかわりなく、その個性と能力を十分に発揮することができるように」との理念で、学会内に男女共同参画推進委員会が設立された、と(同委員会は2023年に「ダイバーシティ推進委員会」に改称)。
 
当委員会は、中学・高校の女子生徒、女子大学生に向けたアウトリーチ活動、政府・社会への働きかけなどの活動を行ってきました。
 
物理や他の科学技術系に進む女子学生を増やすため、著者らが行ってきた活動の一端が紹介されています。


まずは環境要因

それにしても、なぜこれほど偏るのでしょう?
 
なぜ物理学を専攻する女子学生は、これほどまでに少ないのか。
 
私の大学院時代も、全体で100人くらいの同級生の中で、女子は片手くらいじゃなかったかな。
 
そして同じ科学技術系でも、生物系は比較的女性比率は高めという事実自体がよい研究テーマになりそう。
 
この記事の中ではこの問題に深入りはされておらず、ただ進路決定の段階で親や教師など、環境からの要因を可能性として挙げています。
 
「女性が少ないので心のハードルが高い」とか「親が反対しそう」などの他に、「理系に進むと選択できる職業が限られるのでは?」といった懸念もある、と。
 
要するに女子=文系という親世代のステレオタイプが元で、女子中高生に理系選択を回避させる圧力が社会的に存在するということです。
 
内閣府は2018年、生徒、特に女子生徒が理系進路選択をするにあたり、外部要因が与える影響についての調査結果を発表(※)。
 
具体的には生徒が持つ理数科目の向き・不向き感、理系的な事柄への興味関心、理系へのイメージ、性的役割分担意識、に対するメディア・地域・学校・家庭など外部からの影響を定量化・可視化する、というものです。
 
その結果を一言で総括などとてもできませんが、いくつか特筆するならば、まず家庭や学校の場でのロールモデルの役割が大きい。
 
つまり、理科の先生が女性だった場合、自分を理系タイプと認識する女子の割合が高くなる(ただしこの場合実際に理系の進路をとる割合は微増にとどまる)。
 
また、両親がどちらかでも理系出身の場合、理系進路を選択する女子の割合が上昇。
 
キャリア選択やその後の適応に対する知識や環境要因、キャリア選択自己効力感(自分で決定できる有能感)において、ロールモデルを有することに意義があることを確認した研究もあります(※2)。
 
そういう意味では、物理学会やダイバーシティ推進委員会が行ってきたアウトリーチ活動も有効と言えるでしょう。
 
服部が言うように、「現在の女子理科系層が“特殊”な女子で形成されているという状況を打破すべきであるなら、理科系に対してポジティブな印象をはぐくみ、かつ進路・職業選択やキャリア形成において重大な影響を与えるロールモデルと出会える女子中高生向けのイベントは大いに意味がある」のです。
 
私自身は男性であり、かつ今思い返してみると中高生時代によき恩師や自分にとっての良いロールモデルと呼べるような人は思いつきません。
 
どちらかというと反面教師的な人ばかりが頭をよぎる、残念な学生時代だったかも。
 
小学生時代から宇宙が好きで、図書館で物理の本を読み漁って興味持った過程のどこかに外的要因、特に男性であることの影響があったかなかったかは分かりません。
 
しかし件の委員会の活動は全く理にかなったものと言えると思うので、できるだけ支援・協力していきたいと思います。

しかして内的要因は?

外的要因については、このようにまあ研究は進んでいるとして、進路選択における遺伝的要因による性差はどうか?

それがあるのかどうか、あるとすればどう影響しているのでしょうか。
 
心理学の恐怖誘導実験で、女性に比べ男性は恐怖感を持ちにくいことが分かっています。
 
これに対する進化心理学的解釈は、一人で多くの女性を妊娠させることができる男性の生殖機能と関係づけています。
 
つまり種族存続のために危険を冒して冒険し、目の前の危機を打開する活路を見出す行動に、オスが関与してきた、と。
 
もし死んでしまっても、種の存続上は影響が少ないのです。

 オスの減少が種族存続に与えるリスクは、メスに比べると少ない。
 
また、チンパンジーに人間の玩具を与えても、人間の女の子が好む玩具は雌のチンパンジーが、男の子が好む玩具はオスのチンパンジーがより好む傾向があった、と。
 
これらは女子の集団内での共感・協調能力、男子の冒険・分析能力と関連付けられています(※3)。
 
これらのことが本当だとして、では進路選択、特に今話題の理系進路選択指向に影響があるのか、それともないのか。
 
服部が言うように日本で特に女性研究者の比率が低いのであれば、それはもしかすると民族による違いは遺伝的要因、国による違いはそれプラス外的要因が絡んでいる、ということなのかも知れません。
 
学生時代、たまたま教育学部の一室での会議に出席した時は女子が多くてびっくり。
 
個人的にはやっぱり、なぜ理系の中でも数物系より生物系、文系では法律系より教育・文学系で女性の比率が高いのかが気になります。
 
物理学会が言うような「男女が互いにその人権を尊重し、性別にかかわりなく、その個性と能力を十分に発揮することができる」社会の実現のために、益々のダイバーシティ推進に期待します。

(※)「女子生徒等の理工系選択支援に向けた生徒等の意識に関する調査研究」、内閣府(2018年)。
 
(※2)「大学生のキャリア発達とロールモデルタイプの関係」、溝口侑、溝口慎一、青年心理学研究32、17-36(2020)。
 
(※3)「脳から見た心の世界2」、別冊日経サイエンス154(2006)。

#探究学習がすき

○新刊 脳は心を創らない ー左脳で理解する「あの世」ー
(つむぎ書房、2023年)
心の源は脳にあらずとする心身二元論と唯物論を統合する新説、「PF理論」のやさしい解説。テレパシーやミクロ念力などの超心理現象も物理学の範疇に。実証性を重視し、科学思考とは何か、その重要性をトコトン追求しつつ超心理現象に挑む、未だかつてない試み。「波動を整えれば病気は治る。」こんな「量子力学」に納得しちゃう人、この本を読んだ方が良いかも!?あなたの時間・お金・命を奪うエセ科学の魔の手から自分を救うクリティカルシンキング七ヶ条。本書により科学力も鍛えられちゃう。(概要より)

https://amzn.asia/d/fKp3ck6

○ Youtubeチャンネル「見えない世界の科学研究会」
身近な科学ネタを優しく紐解く‥
ネコ動画ほど癒されずEテレほど勉強にもならない「お茶菓子動画」

https://www.youtube.com/channel/UCMXH3zgiwHjFyJ7qxWB6RBQ


この記事が参加している募集

探究学習がすき

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?