見出し画像

アインシュタイン来日、その前、その後

1922年11月17日、アインシュタインは妻・エルザと共に神戸港に。
 
ここから43日間、日本紀行の始まりです。


翌日には東京へ

到着後京都に移動し一泊。
 
翌日10時間かけて東京へ移動し帝国ホテルに一泊。
 
翌19日の慶応大学での講演を皮切りに、講演行脚が始まりました。
 
一般向けの講演は東京で2回(慶応大学・東京基督教青年会会館)、仙台、名古屋、京都、大阪、神戸、福岡の計8回。
 
それ以外に東京帝国大学物理学教室で研究者・学生向けの講演を計6回行っています。
 
当時中学生の湯川秀樹は、アインシュタイン講演を聞いて物理学を志すようになったとか。
 
多忙な講演活動の合間にも、日光や京都、奈良や宮島などの観光、研究者との交流などをしています。
 
東北帝国大学では強力磁石鋼で有名な本多光太郎教授と面談。
 
講義室の壁に残したサインは1945年7月10日の仙台空襲で焼失、残念。

日本へ向かう船上で朗報

このアインシュタイン来日講演紀行をプロデュースしたのが改造社という出版社の社長・山本実彦。
 
ロシア革命を通じて日本でも知識人に関心の高かったマルクス主義に関する数多くの論文を、雑誌「改造」に載せていたことで有名に。
 
いわゆる大正デモクラシーの時代、社会もまだおおらかだったのでしょうか(太平洋戦争さなかの1944年、軍の命令で社は解散)。
 
会社設立後すぐに事業を成功させた山本は、その収益を元に著名人を招くという計画を実行。
 
レーニンをという声もあったのだが、当時の日本でさすがにそれはかなわず。
 
哲学者ラッセルの次に呼ばれたのがアインシュタインなのでした。
 
来日に向けフランス・マルセイユから日本郵船の定期船・北野丸にアインシュタインが乗り込んだのは10月8日。
 
神戸到着5日前の11月12日、この船上でノーベル賞受賞の電報を受け取ります。
 
まあ、受賞するであろうこと自体は既に分かっていたのだけど。
 
授賞理由は、これ割と有名な話ですが相対論ではありません。
 
高校物理で習う(だっけ?)「光電効果」のメカニズムの発見。
 
ニュートン以来「光は波動」論が主流派だった科学コミュニティに、一気に光の粒子的性質に目を向けさせる気運を吹き込んだのでした。
 
が、アインシュタインと言えばやはり相対性理論。
 
アインシュタインを出迎えた当時の日本の民衆も、ちょっと前の受賞のニュースに歓待ムードはがぜん盛り上がった。
 
しかし国内で行われた講演の内容は光電効果などではなく、ほぼ相対性理論かそれに関連する話題(発想の道筋や数学的基礎など)で占められていました。
 
ムリもないですかね、これは。
 
授賞理由が相対論でなかった理由は、どうやら政治的思惑があったらしい。
 
陰極線(電子線)の研究でそれより20年近く前にノーベル物理学賞を受賞していた有力者・P. レーナルトは熱心な反ユダヤ主義者で後のナチス党員。
 
その彼が「相対性理論はユダヤ的」と難癖をつけるなどの動きがあり、ノーベル委員会が忖度して、ユダヤ人であるアインシュタインの授賞理由に相対性理論を含めなかったのです。
 
ちなみにその後ナチスがドイツで政権を取った1933年、アインシュタインの別荘に家宅捜査の手が。
 
理由は「共産党が武器を隠している」容疑。
 
その時アメリカに滞在していたアインシュタイン、その後ベルギー、イギリス、スイスと来訪するもドイツに戻ることはなく、プリンストン高等研究所で研究生活を送りました。

原爆開発とその余波

彼が1905年に発表した特殊相対性理論の中で示されたあの式、

質量とエネルギーの等価性を示し、原子爆弾を爆弾たらしめるものがまさにこれ。

これに関しては、亡命核物理学者・シラードが米・ローズベルト大統領へ宛てた、ナチスの核開発の脅威とアメリカでの研究への支援を訴える手紙に、アインシュタインが署名したことでシラードの主張に箔がつけられた経緯がある。
 
実際にはこの手紙が送られた1939年8月にそれが契機となって原爆開発が始まったのではなく、実現可能性がようやく明らかになった1941年以降のことであり、また、これはよく知られているように、アインシュタイン自身が直接マンハッタン計画に関与することはありませんでした。
 
しかし原爆投下の報に接し彼は、シラードの手紙に署名したことを悔やんだという逸話が残っています。
 
一方で戦後、原爆開発に役割を果たしたことについて改造社の編集者が謝罪を求めた手紙に対しては、この手紙自体を突き返した上で、ドイツの核開発の可能性があった状況でやむを得なかったと謝罪も拒否。
 
ともあれ戦後は平和活動を展開し、核兵器廃絶と科学技術の平和利用を訴える宣言を、ラッセルと共に起草したのは有名な話。
 
これには湯川も署名しており、アインシュタインに感化され「世界の平和無くして学問はない」と、湯川自身も平和運動に力を入れるようになったのでした。

#探究学習がすき

○新刊 脳は心を創らない ー左脳で理解する「あの世」ー
(つむぎ書房、2023年)
心の源は脳にあらずとする心身二元論と唯物論を統合する新説、「PF理論」のやさしい解説。テレパシーやミクロ念力などの超心理現象も物理学の範疇に。実証性を重視し、科学思考とは何か、その重要性をトコトン追求しつつ超心理現象に挑む、未だかつてない試み。「波動を整えれば病気は治る。」こんな「量子力学」に納得しちゃう人、この本を読んだ方が良いかも!?あなたの時間・お金・命を奪うエセ科学の魔の手から自分を救うクリティカルシンキング七ヶ条。本書により科学力も鍛えられちゃう。(概要より)

○ Youtubeチャンネル「見えない世界の科学研究会」
身近な科学ネタを優しく紐解く‥
ネコ動画ほど癒されずEテレほど勉強にもならない「お茶菓子動画」


この記事が参加している募集

探究学習がすき

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?