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英訳で深まる日本文学

ピーター・マクミランはアイルランド出身の翻訳家。
 
英訳を通じて日本文学の素晴らしさを世界に広めようと、様々な活動をしています。

日本文学、なかでも万葉集を「ホメロス(古代ギリシャの詩人)に勝るとも劣らない第一級の文学作品」と高く評価。

一方で、優れた英訳がないばかりに海外での認知度が低い、と嘆きます。


万葉集をもっと身近に

「万葉集は、海外の大学生が学ぶべき基礎的な教養たるべきだ。」

この想いから万葉集の全編英訳を始めたマクミラン。

また、万葉集の歌を記した歌碑、万葉歌碑は全国に約2300基。
 
しかしそのほとんどが字が読みづらく、現代人には理解しにくい古文体で解説もないため、内容が伝わりにくく関心も持たれにくい。
 
国内に多数ある万葉歌碑が日本人にすらあまり顧みられていない現実を打開するため、彼は富山の高岡市万葉歴史館と共に、万葉歌碑に日本語と英語で訳文と解説を付ける活動をしています。

私の家の近所にも小野小町の石碑。

立ち止まって読んだことはない、そう言えば。

存在にはずっと気づいていたけどね。

日本人にとってもプラスに

万葉の歌人ではエース級の柿本人麻呂の終焉の最有力候補地として知られ、万葉歌碑も多い島根県益田市。

山本市長(2024年現在)は、「日本人でも原文より英語の方がわかりやすいかも知れない」と発言。

歌碑の英語付き案内板設置活動に拍車がかかりました。
 
確かに同じ日本語と言ったって、そこにあるのは奈良時代、場合によっては飛鳥時代の日本語。

古文に慣れ親しむ一部の人を除けば、現代人にはほぼ外国語と言ってよく、むしろ英語の方がfamiliarかも。

本当かどうか、マクミランの仕事の一端を見て見ましょう(※)。
 
「由良の門をわたる舟人かぢをたえゆくへも知らぬ恋の道かな」
 
英訳:”Crossing the Bay of Yura the boatman loses the rudder. The boat is adrift, not knowing there it goes. Is the course of love like this?”

これは百人一首から、平安の歌人・曽禰好忠(そねのよしただ)の一首。
 
恋をしたときの、全てが相手次第という無力感を、舵を失った船に例えています。
 
どうでしょう。

一般的にはやっぱり英語の方が分かりやすいと言えるのでは?

単なる英訳で魅力は伝わらない

この例でも見られるように、万葉集や百人一首に限らず和歌では一般に比喩が多用されており、これは海外の詩でもよくみられる技法。
 
和歌が海外で受け入れられる素地がここにあります。
 
もっとも和歌には、我々日本人にはなじみ深い(学校で習う)、掛詞、枕詞、序詞、本歌取りなどの多様な技法もあり。
 
背景には同音異義語が多い日本語の独自性があるでしょう。
 
このことは、日本文学の魅力を増すとともに、海外での認知度を高める障壁にもなり得ます。
 
単なる英訳なら昨今はAIで手軽にできますが、それではこれらの技法や修辞の妙味は伝わらない。
 
ここが翻訳家としてのマクミランの腐心するところであり、また工夫のしどころでもあるわけですね。
 
例えば、柿本人麻呂作と伝わる次の一首、
 
「あしびきの山鳥の尾のしだり尾のながながし夜をひとりかも寝む」。
 
一人で寝る寂しさがことさらに夜を長く感じさせる様子を、山鳥の長い尾に例えたのですよね。
 
多く出てくる「の」、そして「の尾の」とか「夜を」なども含め「お段」の音が繰り返されることで冗長感、ひいては夜の長さを強調していると。
 
こんなに奥深い日本語使い、私などには思いもつきませぬ。
 
それはそうと、マクミランはこれを次のように英訳しました。
 
“The long tail of the copper pheasant trails, drags on and on like this long night alone in the lonely mountains, longing for my love.”
 
単に意味を再現するのではなく、原文になぞらえ“o”を繰り返す効果を狙っています。

遊び心まで訳す

「から衣
きつつなれにし
つましあれば
はるばるきぬる
たびをしぞ思ふ」(在原業平)
 
これも有名な歌で、それぞれの句の頭をとると「かきつはた」。
 
これの英訳がまたうまい。
 
“In these familiar lovely robes I’m
Reminded of my beloved wife
I have left : stretching far behind
Sadness, the hem of journeys.”
 
頭をとると、”IRIS”(アヤメ)。
 
ちなみにカキツバタもアヤメ科。
 
歌全体の意味を変えないで、英語でも折句を成立させるスゴ技。

歌や文芸が人をつなぐ

旧約聖書には、バベルの塔を作ろうとして神の怒りにふれ、人々は言葉が通じないように多様な言語を持たされて世界に散らばされた、なんていう逸話が。

一方ではマクミランのように、日本文化に魅力を感じ、世界に広げ世界と日本をつなぐ架け橋になろうとしている人もいる。

歌手の加藤登紀子は、「国同士がG8やらG20やらをやっても世界平和はなかなか実現しない。一人一人がもっと意思表示すればできるかもしれない。でも場合によっては逮捕されたり殺されたりする。歌ならできる。歌は国境を越えて人々の心をつなげる」と言います。
 
媒介物はなんであるにせよ、グローバルな相互理解が深まればよいなと思います。
 
そしてその方向性で、では自然科学は何ができるのか?

その役割について個人的には考えていきたいと思います。
 
(※)2022年4月8日學士會夕食会における講演より

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