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デマを吹聴する「理論物理学者」保江邦夫

コロナ禍が始まったばかりの2020年3月29日、東京・文京区の文京シビックホールで理論物理学者・保江邦夫が一般向けの講演をしました。
彼は大学教授を歴任し著書も多く、現在も講演活動やYouTube動画配信などを精力的に行うそれなりの著名人です。
理論物理学者の肩書ながら、UFOや宇宙人、あの世などをキーワードにした話題提供で知られています。
そんな彼がこの日、第5世代移動通信システム、いわゆる5Gの電波をテーマに語りました。
さすが有名人、その内容はなかなかに興味深いものです。
結論から言うと、「5Gの電波がコロナウイルスを活性化している」、と。


5G電波がパンデミックを引き起こす?

 どうです、ちょっとびっくりでしょう?
急速に普及し、盛んに宣伝されてもいる5Gシステム。
あれがウイルスを元気にし、蔓延するのに寄与していると言うのです。
講演の中で保江は、そのメカニズムを「分かりやすく」説明してくれています。
 その要約をここに書き下します。

「5Gの電波は27GHz。
今までのは大体50MHzくらい。
つまり5Gは今までの電波より波長が短い。
コロナウイルスにはヒゲがあり、それがアンテナみたいに作用する。
箸でもなんでも長いものには、固有振動数がある。
魚の骨みたいな形のテレビのアンテナ、八木アンテナ、アレの長さは地デジの電波の整数倍と決まっている、共振するために。
それと同じで、コロナウイルスのヒゲもアンテナの役割をする。
そのヒゲの長さが問題で、運の悪いことに27GHzの高周波に一番共鳴する。
コロナウイルスはそれよりエネルギーをもらえるので活性化し、元気になる。
日本での感染者増加は緩やかだったが、初期の頃一か所だけ指数関数的に増えた。
それが北海道。
札幌雪祭りの時だけ試験的に会場周辺で5Gを運用したから。
札幌はそれで流行った。」

要するに、規格が4Gから5Gになり波長が短くされたことで、運悪くコロナウイルスのヒゲの長さに共鳴してしまい、5G電波がコロナを活性化したためにパンデミックが起きた、ということらしい。

問題点を洗い出す

 あなたは首肯できますか?
問題点があるとすればどこでしょう?
電波がウイルスを「活性化」するメカニズムを、割と詳細に語ってくれています。
しかしそれは、現実的に考えられるものでしょうか?
 
八木アンテナとは、東北帝国大学(現東北大学)の八木教授と宇田助手が大正末期から昭和初めにかけて開発したアンテナ。
民家の屋根上によく見る、まさに魚の骨みたいなやつですね、アレです。
骨一本一本を「素子」と言います。

保江が言うように、アンテナが電波を吸収し信号をキャッチするためには、「共鳴」しなければなりません。
共鳴するためには共鳴条件と言って、素子の長さに一定の条件が課せられます。
それは、素子の長さが受信しようとする電磁波の、波長の長さの半分程度となることです。

実際には素子には長さの微妙に異なる放射器、反射器、導波器の三種類があり、それぞれ果たす役割も違います。
それらが絶妙に配置されてアンテナとしての機能を発揮するのであり、当然ながらウイルスのヒゲはそのような配置をとってはおりません。
しかしここでは敢えてこの問題には目をつむり、もっと基本的な問題について取り上げたいと思います。

問題の一つ目は、件の5G電波とコロナウイルスのヒゲが、共鳴条件を満たしているのかどうかです。
コロナウイルスの大きさは100ナノメートルくらい。
ナノメートルというのは10億分の1メートル。
当たり前ですが非常に小さい。
どのくらい小さいかと言うと、ダニの大きさを人間の大きさに拡大した時に、やっとコロナウイルスが蟻の頭くらいになる程度です。
この時人間の頭ははるか上空、成層圏の中。
そしてこのコロナウイルスに生えているヒゲはというと、だいたいウイルス本体の1/5、20ナノメートル程度になります。

対して5G電波の波長。
従来の3Gや4GLTEより短いというのは、全体的には間違いありません。
しかし短いとは言っても現状では、ほぼ変わらないものから短いのでもせいぜい40分の1程度まで。
今使われている5G電波で最も波長の短いもので、その波長はやっと1センチメートル程度。
この長さの波長の電磁波が、それよりはるかに短い20ナノメートルのアンテナに共鳴して吸収されることは、原理的にあり得ません。

次に材質の問題。
アンテナは導体、すなわち電気を通す性質のあるアルミニウムといった金属で作られます。
導体内部の自由電子が電波のエネルギーを吸収して運動エネルギーを得ることにより、電気信号が発生します。
テレビやラジオなどの受信機側はその信号をキャッチし、得るべき情報に変換することができます。

ところがコロナウイルスのヒゲは導体ではありません。
ヒゲと言いますが、正確にはこれはスパイクタンパク質と言ってたんぱく質の一種。
要するに有機物質なんですね。
自由電子は存在せず、仮に共鳴条件を満たしていたとしてもアンテナのように電波のエネルギーを吸収することはできません。

ほかにも細かいミスリードが

保江は講演の中で「箸など長い物体には固有振動がある」と言っています。
ここで言う振動は力学的な振動であり、アンテナの機構とは異なります。
アンテナの場合は、上述のように内部の自由電子が絡んでくるのであり、共振と言っても別に素子がプルプル振動するわけではありません。
この例え話はミスリードと言えます。

「今までの携帯の電波は50MHzくらい」と言いますが、4G電波の周波数は700~900MHzのプラチナバンドと1.5~3.5GHzの主要バンド。
もう少し古い規格の3Gでも800MHz、900MHzと2GHz。
それを「50MHz」と一桁小さく間違えるところに、4Gと5Gの違いを大きく見せようといういやらしい意図を感じてしまうのですが、どうでしょう?
そこまでうがった見方をしなくてもと言われるかもしれませんが、いやしくも物理学者を名のる以上、電波の周波数くらいはきちんとした数字を提示して欲しいと思います。
ちなみに5Gは、現状では3.7GHz、4.5GHz、および28GHz。
1000MHz=1GHzであることを考えると、それほど極端に異なっている訳ではありません。
前述の共鳴条件からの六桁(=100万倍!)にも及ぶズレに比べれば、カワイイモンです。

5G試験運用日の印象操作?

保江はまた、「4日前、東京で5Gが解禁された。その少なくとも10日くらい前から試験的に東京中心部、東京駅や銀座、丸の内とかで5Gを流している。
その結果、それまで新規感染が10人くらいだったのが急に40人くらいに、今日は66人になった」と言っています。
この講演が行われたのが2020年3月29日。
この日の新規感染者数は、東京都のデータによれば66人ではなく99人ですが、それは良しとしましょう(図表1)。
4日前と言えば3月25日で、確かにこの日東京で5G電波の商用運用が開始されました。
そしてその10日前は3月15日。
東京の新規感染者数は確かにこの日から二桁になり、その後上昇を始めています。

図表1 陽性者数の推移(東京、2020年3月)
(東京都「新型コロナウイルス感染症対策サイト」より作成)

しかし東京で試験運用されたのはこの日ではありません。
この日近辺でもありません。
それよりはるか以前、2017年5月から臨海副都心地区(通称お台場)と東京スカイツリータウン周辺でトライアルサイトが構築され、試験運用されていました。
その後、2019年から実証実験は全国規模で行われ(*)NTTドコモに限っても、2019年9月、翌年3月の商用サービス開始に向けそれと同じネットワーク装置や同じ周波数帯を利用したプレサービスを開始しています。
(*「令和元年度 5G総合実証試験」(総務省、令和2年3月))
これは28GHzの「ミリ波」帯です。
ですから、百歩譲って5G電波がコロナ拡散の要因になり得たとしても、5Gの試験運用開始がコロナ感染拡大の契機となったとみなすことはできません。
「試験開始が2020年3月15日近辺だった」とはまさに、「ためにする」議論と言わざるを得ません。
 
札幌雪祭りの会場で5G電波の試験運用をしたことにより感染拡大したと印象づけたいようですが、中国人を含めた観光客が200万人押し寄せた会場で、テント内で濃厚接触し感染が広がったと考える方が自然ではないでしょうか。

多様な情報を求めに行くなど科学リテラシーの向上を

電磁波の人体への影響を心配する人もいます。
電磁波と言っても色んな波長域と強度があるのであり、ひとくくりにはできません。
科学的な調査・研究をし、必要と見なされれば適正な対処をすべきでしょう。
しかしいずれにせよ、デマを流してよい理由は存在しません。

大規模災害などで社会が不安に包まれた時、得てして不正確な情報が蔓延するものです。
今日のネット社会ではなおさらですよね。
そしてかくの如く、専門家が専門家としての強い立場で、ニセ情報を流すこともあるという事実がある。
電波の周波数や試験運用の日付まで捻じ曲げてしまう。
 
大変厄介ですが、これが現実です。
専門家の意見は尊重しつつ、エビデンスピラミッドの観点から見ればそれは最も軽いという事実も頭に入れておきましょう。
そうすれば、「他の専門家の意見も聞いてみよう」という発想も出てくるのではないでしょうか。
自分の信念に都合の良いものだけを受け入れたい「確証バイアス」にも心くばりが必要です。
 
かくして個々人が科学リテラシーを高め、安易に情報に流されず、また自分がSNSを通じてデマを発信してしまう側にもならないよう知識を身につけましょう。
 
また、アカデミズムの側でも、誤った情報を専門家の強い立場で発信してしまうことのないよう、専門分野を越えた社会全体の動きに注意を払い、問題があったら指摘し合う等情報交換の風通しを良くしていく意識の醸成が必要なのではないか、とも思います。

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