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新500円玉が溜まっていく。

 そろそろ模様替えがしたくなってきました。こんばんはしそツナです。

 今日はくだらないです。本当にくだらない。これから千文字も書けんのかなって感じでボツになる可能性が高いです。ただちょっと今日は、まぁいつもだけど、特別くだらないを愛したい日ですね。

 最近新しい500円玉が流通していますよね。あの金と銀のかっこいいやつ。あれまじで使うのためらうことない?!。なんかもしかしたらこの新しくなって初年の500円玉が将来めっちゃ価値あるものになっているかもしれないっ、、とか思いませんか?。あちなんかやっぱあれが手元に来た時嬉しいじゃないですか。なんか "新しいものが僕の手元に来た!" って「俺も時の男よ」って思わせてくれる気がするんですよね。だからなんか愛情芽生えてきちゃってもう手放せないんですよね。

 思えば僕が人生で初めて2000円札を手に入れた時、すっごい興奮していたのを覚えています。私のおばあちゃんがわざわざ7歳くらいの私に見せてくれて。まさかこの世に2000円札なんてものがあると知らなかった僕は、かなりその2000円札を大切に保管していたのを覚えています。

 ところが友達と出かけた時にコンビニでお菓子を買おうとしたらお財布の中に2000円札しか入ってなくて使ってしまったんですよね。めちゃくちゃショックでおばあちゃんがくれたものという理由もあったし、もう一生僕は2000円札をみることができないんだ、とすごく落ち込んだのを覚えています。という話を少し後におばあちゃんにしたら、数日後に5枚の2000円札をくれてすごく不思議な感情になったのを覚えています。今もその2000円札は取ってあります。

 っていうだけなんですけど。

 誰か共感してくれんかなぁ。生まれ年が書いてある小銭とかもほんとに使うの一瞬だけためらいませんか?。っていうかお金に限らず、めっちゃ美味しいお菓子とかいつまでも残しておいて結局腐っちゃったり、めっちゃ面白いほんとか終わってほしくないから読み終わるのをもったいぶって結局ストーリー忘れちゃったり。すっごい多いそういうこと。やめたいこの性格。

 でも冷静に考えてみると、これから価値が上がっていくのって旧500円玉の方なんですかね。。あれ?そうじゃない?。いやわかんねー。

 まぁでもお金を初めて手に入れた幼少期の思い出を旧500円玉で記憶している限り、私にとって新500円玉は新鮮なものとしてずっと認識され続けるんだろうなと思います。でいつか旧500円玉をみて「懐かしい!」って言って財布の住人に迎え入れることになるのでしょう。おめでたい性格かもな。

 まさか1000文字超えるとは。。

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