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【panpanya】『キオクだけが町』ロケ地を分析してみた

panpanya沼にハマった。
panpanyaさんの漫画を読んだあなたに、私の考察を届けます。

6月30日に待望の「楽園42号」が発売されますね!
前夜祭のような気持ちで公開します。


はじめに

panpanyaの持ち味

panpanya(パンパンヤ、本名・生年月日・性別非公表)は、日本の漫画家。2000年代後期より活動を開始し、2013年に単行本『足摺り水族館』にて商業誌デビュー。以降、年に約1冊のペースにて短編作品集の単行本が白泉社より発表されている。緻密に描き込まれた画と[2]、現実と空想が混在する世界観が作品の特徴とされる。

Wikipedia「panpanya」

そう、「現実と空想が混在する世界観」。
この言葉に、panpanya作品の魅力が全て集約されている。
 
私自身、漫画を読みながら「どこまでが現実で、どこからが空想?」という疑問が何度も湧いた。
こういう素朴な疑問の答えが、ちょっと検索しただけでは出てこない。

そこで、今回は単行本「枕魚」に収録されている「キオクだけが町①」を分析することで、
彼/彼女が描く世界の「現実と空想の境界」について私なりに考察してみた。

考察なので、漫画に関するネタバレ注意です。
漫画を先に読むことを強くお勧めします。


キオクだけが町①

「キオクだけが町①」は単行本「枕魚」に収録されている。
空想の町を散歩する話。主人公は「ここはどこだ」「たちばなとは地名かな?聞いたことないけど」などと言いながら、不思議な町をさまよい続ける。
八百屋でグアバを買い、Y字路に出たところで終幕。ラストのコマ、Y字路の真ん中には「スクールゾーン 川崎市」の通学路表示が書かれている。

冒頭、主人公の「ここはどこだ」の問いかけに電線上のカラスは「知らん」、公園の遊具は「知ってる」と答える。
知っているようだが知らない町ということだろうか。
また、次のページでは同じくカラスが「どこだここ」の問いに「忘れたのかい?」と答えている。
では、主人公は、知らないのではなく忘れてしまったのだろう。

・「iHOP」の看板


「iHOP」の看板を目にした主人公は「アイホップ・・・ファミレスだっけ?」とつぶやいている。この「だっけ?」という台詞が実はかなり意味深い。
アイホップは確かにアメリカに本社がある実在のファミレスチェーンなのだが、提携していた日本の株式会社「おあしす」の親会社「長崎屋」が2001年倒産したため、現在アイホップは日本から姿を消している
「知ってる」が「忘れた」ものなのだ。

・「HAPPYMORE」

「アイホップ・・・ファミレスだっけ?」とつぶやく主人公の背後からは「HAPPYMOREハピーモア」の看板がチラリとのぞく。
調べてみると、ハピーモアもファミレスのようだ。18年前に書かれた個人のブログで「私は高校生の3年弱の間、ハピーモアでバイトをしていました。」と語っている記事を見つけた。
20005年当時20代後半であるブログ筆者が高校生のころということは、90年代初め頃までは存在していたと考えられる。
※情報元は公開ブログですが、プライベートな内容に配慮してURLは伏せさせて頂きます。

・「東急ストア」と「身代り不動尊」

直前のコマには「東急ストア」の看板と、「身代り不動尊」と書かれた立て看板が描かれている。ここでラストシーンの「スクールゾーン 川崎市」の通学路表示のことを思い出してほしい。

「身代わり不動尊」の本山は川崎市梶が谷にある。

今では厄除け・交通安全祈願の身代り不動として一年中参拝客が訪れ、家内安全、商売繁盛、学業成就、開運成就などにも御利益がある。ここ神奈川県川崎市を本院とし、東京都杉並区、神奈川県横浜市、静岡県熱海市に別院がある。

神奈川県公式観光情報サイト「Tokyo Daytrip」

東急ストアは現在川崎市内に10店舗(梶が谷店、新丸子店、高津店、溝野口店、向ヶ丘遊園店、武蔵小杉店、他宮前区内に4店舗)存在する。
が、この話に登場する東急ストアの看板は赤い企業マークの下に漢字カナ表記で「東急ストア」と書かれおり、現行の店舗「Tokyu Store」とは異なる。
作中の「東急ストア」は旧表記であり、現在は失われたものだと考えられる。

・「首都圏845」「ズームイン!朝」の正体

 レッドロブスターの次のコマに「首都圏845」「ズームイン!朝」の文字が見てとれるが、これはいずれも報道番組の旧ロゴ、つまり忘れてしまったものたちだ。
(「首都圏845」は「首都圏ニュース845」と思われる。
「ひる日本」と見えるのは「ひるおび」かと推測したが、該当するロゴが見つからなかった。)

「首都圏ニュース845 旧オープニングテーマ曲」2003~2011年まで使用された。
https://www.nicovideo.jp/watch/sm29679509

・「たちばなの散歩道」とはどこなのか

さらに歩き続ける主人公。階段を下りて住宅地に出る。
と、「たちばなの散歩道」と書かれた地図を発見し「たちばなとは地名かな?きいたことないけど」と発言する。

「たちばなの散歩道」は川崎市の梶が谷駅を起点、子母口バス停を終点とする延長約5kmの遊歩道のことである。

遊歩道の大部分が、起伏の多い住宅地に設定されている。 道が狭く、歩道と車道の境がない場合が多いが、自動車の通過は頻繁ではない。 案内表示板が交差点などに設置されているものの、紛失や崩落などで読み取れない割合が高い。

Wikipedia「たちばなの散歩道」

「たちばなの遊歩道」も、なくなったとまではいえないものの、「紛失や崩落」により、
よほど注意して歩かなければ気づかない「忘れてしまった」散歩道になっているのではないか。そう想像した。

川崎市のサイトが公開している「川崎ふるさとの小径 ガイドマップ」と「枕魚」単行本の36ページ2コマ目(地図の画像)を照合するに、
主人公の現在地は「橘樹神社」と「子母口バス停」の中間、「たちばなの散歩道」の終点地点付近であると推察される。
(コマ中央下に「橘樹神社」、右下に子母口バス停)の文字が見える)

・「ヤマト朝廷」「古墳」「封建」の文字の意味


次ページ2コマ目以降、町の風景がガラリと変わる。
それまで看板やロゴなど具体的事物で構成されていた町並みが、ビルらしき建物群・道路らしき道を走る車のシルエット、デフォルメされた犬など意図的に解像度がさげられた「漠然とした景色」に変化する。
そこには「ヤマト朝廷」「古墳」「封建」など唐突としか思えない字幕が貼り付けられている。

これはどういうことだろうか。答えは「たちばなの散歩道」の中にあった。散歩道のコース上に「富士見台古墳群」が存在するのである
(作中の散歩道地図のコマに出てきた「橘樹神社」から「子母口バス停」へと北上するちょうど中間地点に存在する。)

橘樹(たちばな)神社と富士見台古墳は、子母口(しぼぐち)の閑静な高台の住宅地にあります。(中略) 古くから子母口村の鎮守であった橘樹神社は、日本武尊(やまとたけるのみこと)と弟橘媛(おとたちばなひめ)の男女2躯の神体を祀(まつ)っていて、かつては立花社といわれていました。(中略)現在、この古墳は公園の中に保存されていますが、道路に面した古墳の麓が大きく削られてしまい、墳丘もやや変形してしまっています。

川崎市教育委員会HP「橘樹神社と富士見台古墳」
https://www.city.kawasaki.jp/880/page/0000000069.html

「ヤマト朝廷」「古墳」「封建」の文字は、「橘樹神社」と「富士見大古墳」を象徴する記号として書かれているのではないだろうか。
また、この近くには「子母口貝塚」があるが、次のコマでは貝の化石のようなものが描かれている。
「ヤマト朝廷」「古墳」「封建」の文字と貝の化石の絵…これらはもはや標識や看板といった具体的記憶の中からも消え去り、歴史的遺産となったものたちである。
例えば人々がこの散歩道を通る時に共通認識として浮かび上がる、イメージのようなものだろう。

「富士見台古墳」と思しき場所をぬけると、もはや風景から場所を特定することは不可能になってくる。あたりには雑然と住宅地が並ぶ。
次ページの八百屋でグアバを購入するシーンは「八百屋 青果・乾物」の看板が現れるだけで背景は真っ白。

・タイトル「キオクだけが町」が意味するもの

「キオクだけが町」とは、人々の記憶だけで構成された町ということなのだろう。
「iHop」「ハピーモア」などの日本から消えてしまったファミレス、紛失や崩落により読み取れなくなってしまった「たちばなの散歩道」、いまや住宅地や公園の中に埋没している「富士見台古墳群」。

コマが進むごとに、写実的な町の風景は次第に記号化・曖昧化してゆき、私たちを空想的なpanpanyaワールドへ誘う。
これは、町を構成している「キオク」が時間の経過とともに曖昧化していく様子を表している。
そう考えると、90年代に乱立していたファミレスが鮮明に描かれ、古墳群が記号化していることも理にかなっている。

・「キオクだけが町」のロケ地はどこなのか

「キオクだけが町」は川崎市のどこかをモデルにしている可能性が高い。
ここまでの内容をもとに考えると、川崎市梶ヶ谷の周辺ではないだろうか。
東急ストアは「梶が谷」に支店があり、身代わり不動尊本山の所在地は「梶が谷」である。
なにより決定的なのは、たちばなの散歩道の起点が「梶が谷駅」である点だ。

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