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挑戦的 卍 北斎づくし展

 この記事は、東京ミッドタウン・ホールで行われていた特別展「北斎づくし」の感想です。

はじめに

 この展示は、北斎漫画・冨嶽三十六景・富嶽百景の全編を断片的に見れるとのことで非常にお得な展示だと感じました。

展示後に見たミュージアムショップでは、10巻以上ある北斎漫画が一巻1500円で売られていたため、本物を見れるのは魅力と言えるでしょう。しかし、観覧するにあたって漫画であることや展示の構成上、不便もありました。前半は魅力、後半はそういった点についても、この記事では書いていこうと思います。

世界観の再現度

 作品が沢山見れることも魅力ではあったのですが、私が一番素敵だなと思った点は展示空間にあります。

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高い天井と現代の美術館らしからぬ壁の情報量。公式でTikTok等のSNS広報を盛んに行っているからか、インスタ映え意識の強い空間だと感じました。展示空間は建築家の方に依頼したようで、漫画好きなら興奮する世界観になっていました。部屋ごとに空間の雰囲気も違い、様々な世界観を生み出した北斎への敬意を感じられました。

 また、展示の合間にある映像もお洒落でした。版画を刷る過程、北斎の絵が編集された動画、どれも魅力的でした。作業工程の動画が流れている展示はよくあると思うのですが、絵が編集されて流れているのは珍しいように思います。展示室に持って来られない立体作品ではなく、絵。はじめは何故映像にしたのか疑問に思いましたが、漫画という小さなサイズ・大量の巻数であることを踏まえれば、大画面で北斎の筆を味わえるのは大変魅力的です。

実物や解説を踏まえて、似た味わいのものが並べられた動画を見ると、更に北斎のことが好きになれる。そんな仕組みであったように感じます。

嬉しい知識の補填

 今回の展示では、巻やシリーズの展示冒頭に解説があり、作品の詳細な解説は文面では省かれ、音声ガイドというやり方が取られていました。音声ガイドでは、作品だけでなく展示に関わった人のコメントも聞けて、展示の雰囲気に合ったBGMと共に世界観に没入出来ました。

 解説で面白いと思ったものとしては、初版とそれ以降の版との違いです。北斎の絵は版画で出来ているため、大量生産されます。版画は使うほど線の鋭利さを失うらしく、刷ればするほど、最初の繊細な描写が伝わらなくなることがあるそうです。そこで、新しくモチーフを書き足すことにより、はじめの雰囲気を再現する手法が取られていたという説明がありました。版画ならではの仕組み、工夫とこだわりが職人魂を感じて興味深いと感じました。

 また、絵画的解説があったため、絵に詳しくない人にも、”何故その絵が好きになるのか”という仕組みが伝わる展示だったのではないかと思います。そして、絵画的に魅力のある作品を生み出す画家の中でも北斎は、似た形の多用が特徴的な画家だと思われます。北斎の用いる画法である版画は、色味がシンプルである分、造形を凝ったほうが魅力的になると考えられます。しかし、色を塗る場合は、線の情報量が多すぎては見づらくなってしまいます。

こういった書き込みのバランス感覚が問われる版画という技法を使いこなし、絶妙なラインで描くことで、北斎は多くの人を魅了しているのだと思います。その要素が伝わる解説が今回はされていたのではないかと感じます。

加えて、写実画とは違い、デフォルメされた輪郭の絵だからこそ出せる技を追求した結果が、この展示では見られると思いました。そして、ユーモラスな画題が見てて飽きない、クスッと笑えるような作品に仕立て上げていました。技巧的な描き方を肩の力が抜けた題材で行うバランス感。これもまた、粋で北斎の魅力なのだと感じます。

漫画を大勢で見るのは難しい

 この展示で不便だなと感じたことについてです。漫画であるため、同じ方向で小さな画面を見ることしかできず、見るのに時間がかかったということです。また、音声ガイドがある作品や各々が気になる部分で足を止める人がいるため、スムーズに進みません。人によって見るペースが違うため、ストレスを感じました。

 そして、写真を撮る人も鑑賞の妨げになっているように感じました。撮影者が写真をきれいに撮るために展示ケースの上に身を乗り出し、他の作品を見えづらくしていることがあったからです。今回は私の鑑賞時間に余裕がなかったのもありますが、もう少し離して展示する、もしくは写真のマナーが徹底されて欲しいと感じました。これは、学芸員中心で考えられた展示空間ではなく、建築家が関わっているから起きたことなのでしょうか。

 加えて、版画のメイキング映像が流れるスペースが惜しいように思えました。パネルの関係上難しいのかもしれませんが、天井にスペースが余っているにも関わらず、映像の画面が下側に設置されていたため、後ろの席では字幕が読めない部分があり、初心者向けに良い内容なだけに残念だと思いました。

最後に

 このご時世で手書きが通例であった展示のアンケートは、存在自体見かけなくなった印象だったのですが、今回は展示終わりにアンケートのQRコードがありました。そのことや展示空間、映像などの演出から、この展示は挑戦的な部分が強く、私が感じた不便な点も試行錯誤した中の結果だったのだろうなと感じました。

 私が訪れたときには、展覧会図録が売り切れてしまっていたのですが、買いたくなる理由は以下のようではないかと考えました。「展示空間の雰囲気が魅力的で、作品をもっとじっくり見たいのだけれど、展示空間では限界がある。だから図録を買おう。」何が言いたいのかというと、私が不便だと感じた点は、購買意欲にも繋がっている気がして、結果的にはとても上手くいっているのではないかと感じたということです。笑

もしそうでなかったとしても、絵画の展示でインスタレーション要素を入れ、視覚的解説も欠かさないところは、個人的に好きで良いと思いました。解説文も”SSR”や”ディレクターズカット”等、砕けた言い回しが多くて、北斎のユーモラスさを現代的に再現しようとしている感じがして面白い展示だなと思いました。

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