フィリピン1

レイテ島慰霊の旅 vol.2

レイテ島に到着した次の日の早朝、部屋の外から聞こえてくる大音量のポップミュージック に起こされた。どうやら隣部屋の客が共有スペースで聞いているらしい。

レイテ島の滞在は全部で4日間の予定だった。4日目の夕方の飛行機でマニラへ帰りそのまま飛行機を乗り継いでオーストラリアへ向かう予定になっていた。レイテ島へ来たのは、この地で亡くなったひいおじいちゃんの慰霊のためで、この島のジャングルのどこかにある、為一さんが所属した陸軍第一師団の慰霊碑を探し、お参りすることが慰霊の旅のゴールだっだ。

しかし、私はほとんど情報をもっていなかった。この日はチェックアウトタイムの10時までぐっすり寝て、移動で消耗した体力を回復してから街で情報収集する予定だった。なので、早朝に大音量の音楽で叩き起こされた私は正直かなりイラついていた。

ホテルは個室ではあったのだけれど、アパートの一室のように、2LDKの間取りのリビングとキッチンを他の旅行者とシェアし、それぞれの部屋に別々の旅行者が泊まる形式の部屋だった。

深夜に部屋についたとき、リビングのテーブルの上に日本円硬化が散らばっていたので、もしやと思ったのだけれど、朝起きて挨拶してきたのは60歳は超えていると思われる歯が抜けた日本人のおじさんと、ティーンと思われるフィリピン人のカップルだった。


老人とガールフレンド

「僕の彼女を紹介します。」

挨拶もそこそこに、吉田(仮)と名乗るそのおじさんが言った。

吉田さんの彼女だというフィリピン人の女の子はティナ(仮)といって、とても小柄な女の子だった。見た目は16歳くらいだったけれど、吉田さん曰く、19歳だそうだ。


「僕は彼女を助けたんですよ。」

チェックアウトまでの時間、吉田さんと朝食を食べながら話していた時に、彼女との馴れ初めのようなものを話してくれた。

「彼女がウェイトレスとして働いていたレストランでね、出会ったの。彼女、オーナーに搾取されててさ。僕が全部、借金とか肩代わりしてね、学校へ通うお金も出してあげてね、彼女のおばあちゃんへ新しいミシンも買ってあげてね、僕がティナとその家族を助けてあげたんだ。」

なぜ見ず知らずの少女にそこまでしてあげるのかとか、「girl friend」という肩書きは彼女が自ら望んだことなのかとか、いろいろ聞きたいことは山ほどあったけれど、私は質問を挟まなかった。質問したところでこちらが納得する答えは返ってこないと思ったし、正直、吉田さんの話はどこまでが本当なのかよくわからなかった。

吉田さんは、ティナを助けた話を筆頭に、自分がいかにこの国の事情に詳しく、どれだけたくさんの貧しい人たちを助けたかどうかとか、有名で、お金持ちで、人望の厚い「友人」がたくさんいて、彼らがいかに吉田さんを慕っているかとか、そんなことを延々と話し続けた。

わたしは基本的に黙って、たまに相槌を挟みながら聞いていたのだけれど、ちょくちょく、話と話のつじつまが合わない箇所があったりして、それが彼の胡散臭さを助長させていた。また、彼の話し方や見た目からは、申し訳ないがそんな人たちと実際に親しいとは到底思えなかった。

「日本には帰らないよ。だって、こっちはいい。僕は東南アジアをずーとまたにかけて生活しているけど、こっちはいいよ、こっちは。」

吉田さんは繰り返しそういった。正直、どうでもよかった。久しぶりに日本語で話すのが嬉しいのか、吉田さんはそれはもうノンストップで話し続けた。つじつまがあわない急ごしらへの自慢話のようなものを延々と聞かされるものだから、私は心底、辟易してしまった。


その間、ティナはもくもくと朝食を食べ、早々に食べ終わると部屋にこもったきりでてこなかった。ことあるごとに吉田さんはティナを部屋から呼び出して会話に入らせようとしていたけれど、ティナは頑なに部屋から出てはこなかった。

私は吉田さんがティナを呼ぶ時の声が嫌いだった。すごく嫌いだった。それは、とても愛情がこもった猫なで声で、溺愛する飼い猫を呼び寄せるような甘ったるさがあった。私は、吉田さんという前歯のない薄汚れた老人の、濁った欲みたいな男としての一面を見せつけられているようでとても不快だったし、その声が二人の関係をすべて物語っているような気がして聞いていられなかった。

ティナは吉田さんに対してとても従順だった。それがまた私の不快感を助長させた。せめてもっと気の強い憮然とした人だったらいいのにと思った。「バカな日本人を利用しているの」くらいの女性であったら私の不快感もいくらか和らいだのではないかと思う。ティナの表情からは、彼女がどんな気持ちで今ここにいるのかは読み取ることはできなかった。ティナは常に無表情だった。


「リモン峠にいくなら、ここタクロバンじゃなくて、オルモックに行って情報収集したほうがいいと思いますよ。僕らも今日オルモックにいく予定なので、よかったら一緒に行きませんか。」


わたしが旅の目的を説明すると、吉田さんがそう提案してきた。正直、吉田さんとはあまり一緒にいたくないなと思ったけど、なにせ時間も情報もなかったわたしは自称「フィリピンに詳しい」吉田さんのアドバイスをのむことにした。また、確かに吉田さんには辟易していたけれど、もう少し彼と歳の離れた彼女を観察したいとも思った。わたしは、ふたりについて宿を出て、相乗りの白いバンに乗って島の反対側のオルモックに向かうことにした。

自分の判断が正しいのかどうかはわからなかった。でもそれはいつものことで、その時その時の決断の連続で、いまの自分があり、過去もあれば未来もある。結果はわからないけれど、この奇妙な“カップル”について行くのもそれはそれでおもしろいんじゃないかと、相変わらず喋り続ける吉田さんに適当な返事を返しながら思った。


つづく




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