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【短編小説】しってるよ

「ねぇ、俺のイヤホン知らない?」
グラスにアイスコーヒーを注ぎながら妻に聞いた。

「知らないよ」
食パンをかじりながら彼女は応えた。目線の先はテレビだ。
我が家に朝の挨拶はない。

「いつもここに置いてるんだけど」
妻の分のコーヒーを彼女の前に置いた。

「この間買ったばかりのワイヤレスのやつでしょ?耳に付いてるんじゃない?」
指についたパンくずを皿に払いながら、彼女の目線は変わらずテレビのままだ。冗談は聞き流した。

「ココは知らない?」
ゲージの中の1才のトイプードルに同じ質問をしたが、彼は餌に夢中で応答がない。

ゲージのそばに設置したスタンドからスマホを取った。
録画中止のボタンを押す。

「ココ、大きくなったよな」
スマホには、ココを迎え入れてからの画像や動画が沢山あった。私はそれを簡単に編集してYouTubeに投稿していた。
視聴数や登録者数を気にしていないといったら嘘になるが、思い出を残す一環で行っていた。
そして昨晩は、飼い主が寝ている間の愛犬の様子を撮っていた。

「ココが食べちゃったのかな?」
おすわりの姿勢で一度こちらを見たが、すぐにまた餌を食べ始めた。

「小人かもね」
朝食を終えた妻は、そう言って洗面所へ消えていった。


「よく言うよ」


スマホの画面には、薄暗い部屋のゲージの中で寝ている愛犬が映っている。
ふと起き上がった彼はゲージに飛びかかり、尻尾を振りだした。
そこに人の脚が映りこむ。見覚えのあるズボンだ。
ココを一度撫でると、テーブルに向かい、卓上にある白い物体を掴んだ。
イヤホンに違いなかった。
姿が画面の枠から消えたすぐそのあと『ガコンッ』という物音が聞こえた。

私は再生を止め、キッチンへ向かった。
ゴミ箱を開けると、奥底に汚くなった白いケースが見えた。
幸い壊れていなかった。

イヤホンがなくなるのは、これが初めてではなかった。

最初はすぐに買い替えたが、一週間後にまたなくなった。
それが3度続いたので、さすがに不振に感じた。
自分に夢遊病の疑いがあるものと思い、録画をすることにしたのだ。

録画を始めるとすぐに原因がわかった。

問い詰める事が出来なかった。
怒りより恐怖が勝っていた。
彼女には猟奇的な雰囲気さえ感じた。

リビングの扉が開いた。


「俺のイヤホン知ってる?」


「しってるよ」
小学生の娘が満面の笑みでこちらを見ていた。


//よっしーさん、写真使わせて頂きました。//


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