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【短編小説】部下は上司をよく見ている


ホルダーにスティックメンソールを挿しこんだ。

「よく付き合ってあげてるよなぁ」

本体が振動する。
2階の喫煙所からは、向かいのファミリーマートがよく見えた。
入り口の外で男女が何やら話しているが、内容は聞こえない。

「しかし良いカラダしてるよなぁ」

七海ちゃんがこちらに気が付いた。
可愛らしい顔で俺に向かって頭を下げる。
俺も手を少し上げて応えた。
ニヤニヤしている。心の中で。
隣にいた近藤部長もこちらを見上げてきた。
姿勢を正して一礼した。
舌打ちが出る。心の中で。

「先輩、先戻ります」

「あーい」

佐藤は真面目なヤツだ。クソがつくほど。
面倒な業務はあいつに任せれば問題ない。
ただ、俺が課長に昇進しても未だに『先輩』と呼んでくる。
そこだけが直らない。
そんなことより近藤だ。
七海ちゃんをつかまえて何してる。
休憩時間を削ってるのがわからないのか。
パワハラだぞ。奥さんいるだろ。

本体が振動する。
吸殻入れにタバコを捨てると、七海ちゃんがポケットからスマホを取り出すのが見えた。
近藤にお辞儀をしてビルの中に入っていく。
俺のスマホの画面に12:50と表示されていた。

オフィスに戻ると、社用のPCにメールが入っていた。
miyano@xxx.xx.xx

七海ちゃんだ。
なんだ?なんだ?どうした?なんだ?
ニヤニヤしている。心の中で。

お疲れ様です。宮野です。
本日夜、お時間頂けませんか?

斜め向かいに座る彼女と目が合った。

お疲れ様。どうした?
全然いいよ。

隠せているだろうか。顔に出ていないか?誰も見ていないよな?
待ち合わせは、オフィスの近くにある噴水がある公園になった。

定時であがる。
当たり前だろ。人を待たせているんだ。
17時まで長かった。とくにあと30分が地獄のようだった。
頭の中でイケナイ妄想を何度もした。

どうやら先に着いたようだ。ベンチに座る。
IQOSの電源を入れた。

3本目を吸い終わる頃だった。

「先輩」

後ろを振り返ると、佐藤が立っていた。

「おーお疲れ。また明日な」

「明日人事委員会に呼ばれると思いますよ」

「はぁ?俺が?なんでだよ」

「ストーカーです」

ドキッとした。

「今日、宮野さんが近藤部長に相談したそうです」

汗が流れるのがわかった。

「先輩、宮野さんの家知ってますよね?」

「しらねーよ」

頭がまわらない。

「これ観てください」

佐藤がスマホを俺に向けた。

画面にはきれいに整頓された部屋が映っている。
ベッドの枕元に可愛いキャラクターのぬいぐるみがある。
女性の部屋のようだ。

動画は続く。

今度は窓際に近付き、カーテンを開けた。
夜空が映った。
アングルが少しずつ下を向いていく。
向かいには一軒家が並んでいる。
見覚えがあった。
アングルが左に動いていく。
30m程先の電柱を映して止まった。
街灯に照らされていたのは、間違いなく俺だった。

「この動画を観てもシラを切れますか?」

言葉が出ない。
解雇か?
いや、警察に通報されるか?
どちらにせよやばい。

「宮野さん、これを観て驚いてましたよ」

そりゃそうだろ。

「先輩、残念です。では、これで」

佐藤は去っていった。

ため息がでた。

IQOSの電源を入れる。

最後の一本だった。

深く肺に入れた。

同じくらい長い息が出る。


少し頭がスッキリした気がする。
それと同時に違和感をおぼえた。


七海ちゃんは来月結婚する。
相手は俺と同期の木下で、経理部の部長だ。
2人が付き合っていることを知らない人間は多い。
半同棲していたなんてことも俺くらいしか知らないだろう。
木下は良くできた男だ。
七海ちゃんが惚れるのもわかる気がする。
一度、二人の間で別れ話が出たそうだ。
そこに付け入ろうとしたのは間違いない。


「よく付き合ってあげてるよなぁ」

「直属の上司だからな」

「しかし良いカラダしてるよなぁ」

「うるせぇよ」

「先輩、先戻ります」

「あーい」

「あいつ佐藤だったか?」

「そうだよ。どうした?」

「七海が言うんだよ。向かいの佐藤って奴がずっと見てくるって」

「まさかー」

「たまに家に帰ると、誰かが入った形跡があるんだと」

「まじかよ」

昼間、木下がそんなことを言っていたのを思い出した。
そしてあの動画だ。
撮ったのは七海ちゃんだとばかり思っていた。
俺が家の近くにいる証拠を収める為に。


よく思い出せ。


俺が映るもっと前、カーテンを開けて夜空が映るその中心。窓ガラスに映っていたのは・・・


「課長」

声の方を向くと、七海ちゃんと木下がいた。

「呼び出してすみません。実は昨日知らないアドレスから動画が送られてきたんです。私の家でした。窓ガラスに映ったのは、一瞬でしたが間違いなく佐藤さんです。私、怖くなってすぐに動画を閉じました」

「えっ・・・」

「とりあえず俺らはこれから警察に行ってくるよ」

「そうか」

「安心しろ。上手く話すから」

悟った。
木下は全部知っている。
恐らく彼は動画を最後まで観ただろう。
俺が一度とはいえ、彼女の家に行った事や今まで好意を持っていたことも。
七海ちゃんへは、うまく説明するのだろう。
良い奴だ。
ほんとお前の部下が良かったよ。


//円茂竹縄さん、イラスト使わせて頂きました。//


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