ことばを話す、ことばを書く
子どものころから、どちらかというと無口な性格。
しゃべらなくてよければいつまででもしゃべらずにいられる。
社会人になっても、印象は「無口でちょっとこわそう」だったようだ。
なのに、沖縄に移住したら、ちょっと変わった。
職場では、沖縄に来る前の10倍はしゃべっている。
性格が変わったわけじゃない。
あまり自己主張しない、うちなーんちゅ同志だからこそ成立する独特のコミュニケーション。
そういう沖縄特有の環境で仕事をしていくには、自分の意見をはっきり表明したり、相手の言っていることの意味を正確に把握するために手を変え品を変えて質問をしたりと、必然的にしゃべらないといけない場面が増えてくるのだ。
それでも、自ら話すのはやっぱり慣れない。
意見を求められると、ちゃんと話さないとという思いが先走って、声はより高く大きくなっていく。
話し終えると、頭に血が昇っているのを感じる。
やばい、感情的に話してるように思われなかっただろうか。
いつもそんな思いにとらわれる。
こういう性格はいくつになっても変わらないものだね。
だから、こうやってことばを”書く”ことに惹かれるのかもしれない。
毎日書きつづけられるほどあふれる思いがあるわけではないけれど、
細く、長く、誰かの心に響くことばを書きつづけていられれば、
それはきっと人生のうるおいのひとつになるだろう、そんな気がする。
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