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鋪道のバレエ

ジェイン・ジェイコブズさんは1916年生まれ(2006年にお亡くなりになりました)。都市問題を論じたジャーナリストであり、運動家でもあった人。

彼女は、都市、特に大都市の発展の原点は、その多様性にあると考えていた。多様な人々が混在していることこそが都市に活気をもたらし、一様に塗り固められていくようなことがあれば、やがて「都市は死ぬ」と考えていた。

G.ラングさんとM.ウンシュさんによる彼女の評伝「常識の天才 ジェイン・ジェイコブス 『生と死』まちづくり物語」にこんな一節がある。

彼女(ジェイン・ジェイコブズさんのこと)は、小さな商売、レストラン、そして娯楽の場所は、住宅と混在させられるべきであると思っていました。彼女は、自宅から遠くない所に、額縁屋、美容院、そしてダイビング用具を売っているお店を見つけられるという考え方が好きでした。彼女は美術館の近くに魚市場があることが好きでした。ジェインは、「混在した用途」(“mixed uses”)−活動の複雑な寄せ集め−は、活気に満ちた都市生活の要素であると結論を下しました。

一方、僕が生まれた年(=1961年)に出版された彼女自身の著作「アメリカ大都市の死と生(The Death and Life of Great American Cities)」には以下のような一節がある。それは「わたしの暮らすハドソン通りは、毎日複雑な鋪道バレエの場面となります」からはじまる。

都市街路の信頼は、街頭で交わす数多くのささやかなふれあいにより時間をかけて形づくられています。ビールを一杯のみに酒場に立ち寄ったり、雑貨店主から忠告をもらって新聞売店の男に忠告してやったり、パン屋で他の客と意見交換したり、玄関でソーダ水を飲む少年二人に挨拶したり、夕食ができるのを待ちながら女の子たちに目を配ったり、子供たちを叱ったり、金物屋の世間話を聞いたり、薬剤師から1ドル借りたり、生まれたばかりの赤ん坊を褒めたり、コートの色褪せに同情したりすることから生まれるのです。

こうした情景を彼女は、人々の暮らしを、鋪道という舞台で演じられるバレエのようだと称えたわけだけれど、確かに、個性が個性のままに響き合う時間を過ぎせそうな街角なら、それ以上に豊かなものはないのだと思う。

大都市は、さまざまな事情で、どこかの故郷をあとにしなければならなかった人々や、彼らの末裔たちが暮らしている場所。そして、彼らの持ち寄る生活文化が混じり合って、新しい文化が生み出される…それが都市の醍醐味であり、都市の経済力の源泉。だから、豊かな出会いをもたらすためには、まず、あらゆる「壁」を取り払うこと。それ故、扉を開けたとたんに、カウンターに並んだ常連が一斉にギロっとこっちを睨む…みたいなお店はつくるべきではない(それでは都市の中に「村」をつくるようなことになってしまうから)。

見知らぬ顔も見知った顔も、同じ空間と時間を共有してホッとできること…そして、その空間を共に場所として熟成していくこと。

都市の活性化は「非日常」ではなく「日常」からはじまっていく。