ハイブリッド手術室の最先端:京大病院における循環器領域の集学的治療
こんにちは。今回は、京都大学医学部附属病院 脳神経外科の荒川芳輝助教による「ハイブリッド手術室における循環器領域の集学的治療」についての講演内容をご紹介します。最新の医療技術と設備が患者さんの治療にどのように貢献しているのか、詳しく見ていきましょう。
1. はじめに:ハイブリッド手術室導入の経緯
京都大学医学部附属病院(以下、京大病院)では、2010年頃から高性能の画像診断機器を導入する計画が始まりました。この計画は、当時の病院長を委員長とし、多くの診療科の協力のもとで進められました。
導入の経緯は以下の通りです:
2010年:計画開始
2011年:ワーキンググループの設置
2013年:術中MRI装置を備えたハイブリッド手術室の設置
2014年:高磁場MRIの導入
2015年:移動型CTの導入
この一連の流れは、医療の高度化と患者さんへのより良い治療提供を目指す京大病院の取り組みを示しています。特に注目すべきは、2013年に導入された術中MRI装置を備えたハイブリッド手術室です。これは、手術中にMRI撮影ができる最新の設備で、日本国内で初めて導入されたものです。
2. ハイブリッド手術室の特徴
ハイブリッド手術室とは、従来の手術室の機能に加えて、高度な画像診断装置を備えた手術室のことを指します。京大病院のハイブリッド手術室の特徴を詳しく見ていきましょう。
2.1 広々とした空間設計
京大病院のハイブリッド手術室は、非常に広い空間を確保しています。通常の手術室よりもかなり広く設計されており、前室も設けられています。この広さは、大型の医療機器を配置するだけでなく、医療スタッフが余裕を持って作業できる環境を提供しています。
2.2 術中MRI装置の導入
このハイブリッド手術室の目玉は、なんといっても術中MRI装置です。これは、手術中に患者さんをMRI室に移動させることなく、その場でMRI撮影ができる画期的なシステムです。
具体的には、シーメンス社製の3テスラMRI装置が導入されています。この装置は、非常に高性能で鮮明な画像を提供します。3テスラという磁場の強さは、現在臨床で使用されているMRIの中でも最高クラスの性能を持っています。
2.3 ナビゲーションシステムとの連携
ハイブリッド手術室のもう一つの特徴は、高度なナビゲーションシステムとの連携です。このシステムは、手術中に医師が現在どこを操作しているのかを、リアルタイムで3D画像上に表示する技術です。
術中MRIで撮影した最新の画像データをこのナビゲーションシステムに取り込むことで、手術の進行に合わせて常に最新の情報を基に手術を進めることができます。これにより、より精密で安全な手術が可能になります。
2.4 タッチパネル操作の導入
ハイブリッド手術室には、大型のタッチパネル式モニターが設置されています。荒川助教は、これを「大きなiPhoneみたいなもの」と表現しています。このタッチパネルを通じて、医師たちは様々な画像データを簡単に操作・表示することができます。
これにより、手術中に必要な情報をすぐに確認し、チーム内で共有することが容易になります。複雑な手術においては、このような迅速な情報共有が非常に重要になってきます。
2.5 脳機能イメージングの可能性
導入されたMRI装置は、単なる形態画像だけでなく、脳の機能を可視化することも可能です。例えば、言語機能や運動機能などの脳の重要な機能領域を特定することができます。
これは特に脳腫瘍の手術において非常に重要です。腫瘍を最大限に摘出しつつ、重要な脳機能を温存するという難しいバランスを取る上で、このような機能イメージングは大きな助けとなります。
3. 安全性への配慮:専門職の設置
ハイブリッド手術室のような最先端の設備を安全に運用するためには、専門的な知識と経験が必要です。京大病院では、この点に特に注意を払い、専門のスタッフを配置しています。
3.1 MRI専門職の設置
ハイブリッド手術室の運用にあたり、京大病院では新たにMRI専門職を設置しました。この専門職は、主にMRI技師が担当し、以下のような役割を果たします:
ハイブリッド手術室の管理
MRI撮影の方法指導
安全管理のリーダーシップ
MRIは強力な磁場を使用するため、その取り扱いには特別な注意が必要です。例えば、金属製の物品をMRI室内に持ち込むことは厳禁です。また、ペースメーカーなど体内に金属が入っている患者さんの場合は、特別な配慮が必要になります。
MRI専門職は、こういった安全面での管理を徹底し、スムーズで安全な手術の実施をサポートします。
3.2 チーム医療の重要性
ハイブリッド手術室での手術は、まさにチーム医療の集大成といえます。手術中のMRI撮影時には、麻酔科医、看護師、放射線技師など、多くの医療スタッフが協力して患者さんの安全を確保します。
例えば、MRI撮影のために患者さんを移動させる際には、麻酔管理を継続しながら慎重に作業を行う必要があります。この時、それぞれの専門家が自分の役割を果たしつつ、チーム全体として患者さんの安全を最優先に考えることが重要です。
4. ハイブリッド手術室の活用領域
ハイブリッド手術室は、現在主に以下の領域で活用されています:
脳腫瘍手術
脳動脈瘤手術
下垂体腫瘍手術
頭頸部腫瘍手術
脊髄腫瘍手術
これらの手術において、術中MRIは非常に有用です。特に脳腫瘍手術では、腫瘍の取り残しを最小限に抑えつつ、正常な脳組織への影響を最小限に抑える上で、術中MRIは大きな役割を果たします。
今後は、さらに多くの外科領域でハイブリッド手術室の活用が広がっていくことが予想されます。例えば、整形外科や耳鼻咽喉科など、骨や軟部組織の精密な手術にも応用できる可能性があります。
5. 症例紹介:脳腫瘍手術
ここで、実際の手術例を見てみましょう。この症例は、右側頭葉に大きな神経膠腫(グリオーマ)がある患者さんのケースです。
5.1 術前の状況
患者さんは、痙攣発作を主訴に来院しました。MRI検査の結果、右側頭葉内側に大きな腫瘍が見つかりました。この部位は、記憶や言語機能に関わる重要な領域に近接しているため、手術には細心の注意が必要です。
5.2 手術の流れ
まず、通常の手術手技で腫瘍の大部分を摘出します。
腫瘍の大部分を摘出した後、術中MRIを撮影します。
MRI画像を確認すると、わずかに腫瘍の取り残しがあることが判明しました。
この情報をナビゲーションシステムに取り込み、残存腫瘍の位置を正確に把握します。
手術用顕微鏡の視野に、残存腫瘍の位置情報をオーバーレイ表示します。
この情報を基に、残存腫瘍を慎重に摘出します。
再度MRIを撮影し、腫瘍が完全に摘出されたことを確認します。
5.3 術中MRIの利点
この症例で、術中MRIが果たした役割は非常に大きいものでした。従来の方法では、腫瘍の取り残しを術中に確認することは困難でした。しかし、術中MRIを使用することで、以下のような利点がありました:
腫瘍の取り残しをリアルタイムで確認できる
残存腫瘍の正確な位置を把握できる
ナビゲーションシステムと連携することで、より精密な手術が可能になる
正常な脳組織への影響を最小限に抑えつつ、腫瘍を最大限に摘出できる
結果として、この患者さんは腫瘍を全摘出することができ、新たな神経症状を引き起こすことなく手術を終えることができました。
6. 低侵襲手術への貢献
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