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シャボン玉のステーキ

「しゃぼん玉のステーキの作りかたを知ってるか? 僕は知らない。知っていたら教えてくれないだろうか」
黄色い屋根の上、仰向けで眠りながら、隣に座るRに問いかけた。焦げ臭い夜風が頬を撫でる。ひ弱な猫がひっかいたみたいな流れ星が流れた。
「はちみつを入れると美味しくなるらしいよ。でも、入れすぎると固くなるから注意しなきゃね」
「ガムシロップとかで代用できないのか?」
「わかんない。やってみれば?」
「面倒くさい」
「よくないよ。そういうの。何事もチャレンジだよ」
「昨日さ、満月の欠片を拾ったんだよ」
「嘘をつくならもっとマシな嘘つきなよ」
「それでつくった指輪が昨日渡した指輪なんだよ」
「石ころにしてはやたらと光ってるね」
「地球に落ちてきたときの熱がまだ残ってるだけだよ」
 僕は起き上がり、屋根から飛び降りたが、すぐにふわりふわりと浮かび上がった。
「どんな気分?」Rが訊ねてくる。
「夢見心地」
「起きながら夢を見れるなんていいね」
「死んでるみたいに生きれる人間だからこそだよ」
「意味わかんない」
「僕も自分で言っておいてよくわかんない」
 僕は屋根の上に降りて、Rの隣に座った。クジラの鳴き声に似た午前二時のチャイムが鳴り響く。欠伸を一つする。涙が頬を伝った。
「ジャンケンホイ」Rが言った。僕はチョキを出した。Rもチョキだった。
「あいこだな」
「あいこだね」
「あいこでしょする?」
「やめとく。あいこでしょが永遠に続くのはしんどいから」
「チョキしかだせないもんね」
「平和だからね」
「平和だもんね」
 Rが寝転がった。僕も寝転がった。気が付けば海は屋根ギリギリのところまで迫っていた。
「もう飛び降りられないね」Rが笑った。
「そうだな」
「思ったよりも早いね」
 水が足元を濡らし始める。僕とRの体が海に溶けだす。痛みはなかった。
「この海の水がしゃぼん液だったら、どれくらい大きなしゃぼん玉が出来るのかな?」
「さあな。太陽まで飛んでいけるくらいじゃないのか?」
「だったら、ステーキになればいいのにね。こんがり焼けて、宇宙をずっと彷徨っていればいいのに」
「僕たちがはちみつの役割を果たせればいいんだけどな」
「甘い夢を見ていた私たちなら大丈夫だよ」
 Rが指輪を眺めながら言った。

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