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青春オバケ

 テレビ画面に見覚えのある景色が映る。高校生のころ利用していた駅周辺だった。
 知り合いが映る。知っている顔だった。画面の下に、『あなたにとって青春とは?』と、テロップが出ている。
「振り返れば、みっともないけど、やたらと眩しく見える時期ですね」
 彼は高校の時、同じクラスだった。授業をまともに聞かず、ノートに四コマ漫画を描いて、近くの席に座っている者に見せていた。だが、おもしろくなかった。見せられる者は皆、愛想笑いをしていた。僕も見せられたことがあったが、授業を聞いている方がましだった。
 彼は、『俺は卒業したら漫画家になるんだ』と言っていた。卒業後、芸術大学に進学した。僕の卒業アルバムの寄せ書きに、『将来価値が出るぞ』と言って下手くそな筆記体のサインを書いてくれた。社会人になってから開催された同窓会で再会した時、普通にサラリーマンをしていると言っていた。何の仕事をしているのか? と訊ねても営業としか答えてくれなかった。
 画面が変わった。また知った顔が出てきた。画面下のテロップは同じだった。
「何かを求めて、とにかく足掻いていたって感じですね」
 彼女も高校の時、同じクラスでクラス委員だった。体育祭や文化祭、合唱コンクールで、皆を引っ張ってくれた。その後の打ち上げの幹事もしてくれていた。成績も見た目も性格も良かったので男女ともに人気があった。僕の卒業アルバムの寄せ書きに、
『いろいろありがとう。卒業しても元気でね』と書いてくれた。同窓会で再会した時、結婚をして子どもがいることを教えてくれた。
 僕はテレビを消そうとした。すると、となりに座る匙子が、
「もうちょっと見ようよ」
「もういいよ」
「ここからがおもしろいのに」
「何でわかるんだよ」
「勘」
「何だよそれ」
「でも、私の勘って当たるじゃん。適当に入った店、全部美味しいし」
「今の時代、不味い店を見つける方が難しいだろ。大体の店は美味いんだよ」
 画面にはまた、同級生が映っている。
「仲間と出会えた日ですね」
 彼とは部活が一緒だった。練習の帰り道、よくコンビニで買い食いをして帰った。卒業アルバムには、
『いつでも会おうぜ! 卒業してもお互いがんばろうぜ!』と書いてくれた。同窓会では、料理人になるために修業中だと言っていた。
「皆、頑張ってるね」匙子が言った。「そうみたいだな」僕は画面を見ながら言った。
 次から次へと同級生たちが画面に映る。
『今までで一番、楽しかった時代』
と答えた彼女は、一年先輩の野球部のエースの先輩と付き合っていた。卒業アルバムには、『ずっと友達だよ』と書いてくれた。今は、どこかのエステで働いているそうだ。
『消し去りたい汚点ですね』
 苦笑する彼は、入学早々放置自転車を盗んで停学になった。授業態度も悪く、いつも教師に怒られていた。卒業アルバムには、
『お疲れ』と書いてくれた。今は、父親が経営している材木屋で働いている。
『ただの通過点でしかないです』
 彼女は休み時間、いつも本を読んでいた。一度、何を読んでいるのか、と訊いてみると、黙って表紙だけを見せてくれた。知らない海外小説だった。卒業アルバムには、『お勧めしてくれた小説、おもしろかったよ。ありがとう』と書いてくれた。今は、保育士をしている。
『辛かった。ない方がよかった』と答えた彼は、『じゃあな』と書き、今は製薬会社で働いている。
『戻りたいけど戻れない時代』と答えた彼女は、「最高の思い出をありがとう。また会おうね」書き、今は看護師になっている。
『今と変わらない。今も青春』と答えた彼は、「青春続行! 仲間最高! 友情永遠!」と書き、今はミュージシャンを目指してフリーターをしている。
「皆、頑張ってるね」匙子が言った。
「そうだな」僕は答えた。
「頑張らなきゃ、やっていけないからね」
「確かにな」
「何でだろうね?」
「そういう仕組みだからだろ? 社会が」
「クソだね」
「クソだな」
「そんな汚い言葉使わないでよ」
「お前が先に言ったんだろ」
「クソが」
「誰がクソだよ」
 くだらない会話をしている間にも画面には同級生たちが映り続ける。皆、青春に対する考えを語っていく。
「ねえ、あなたにとって、青春って何?」匙子がビデオカメラを片手に訊ねてきた。
「お前」僕は目を見て答えた。
「どういう意味?」
「俺はお前に救われた」
「私は匙子だからね。すくうのは得意なんだよ」
「お前にとっての青春って何なんだよ」
 僕はビデオカメラを取り、匙子に向けた。
『存在しません』
 テレビから声がしたので、思わず目をやった。匙子が映っていた。驚いて、視線を戻すと匙子が消えていた。
『青春って幽霊みたいなもんじゃないですか。見える人には見えるらしいけど、見えない人からしたら嘘っぱちみたいな。私は青春が見えない人だから、その存在を信じていません。そして、別にいつか見えるようになりたいとも思っていません。私にとって青春なんてそういう存在なんです』
 画面の中の匙子が語る。僕はそれをただ見つめる。
『でも、見えている人はそれでいいと思います。でも、あなたが見ているそれは、本当に青春ですか? と訊いてみたいです』
 匙子がこちらをまっすぐに見つめてくる。吸い込まれそうなくらい深く透明な瞳だった。
しばらくして画面が真っ暗になった。茫然としている自分がうっすらと映っている。
僕はその後、一日かけて卒業アルバムを探したが、どこを探しても見つからず、テレビ画面に映っていた同級生たちの名前を誰一人として思い出せなかった。



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