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完璧主義の治し方

精神疾患になりやすい人はある程度性格も似ているような気がします。

私の中では
完璧主義
人の評価が気になる
自己犠牲の精神
心配性

これらの行き過ぎた思考が生きづらさを生んでいると思っているので、この思考をなくすとまではいきませんが、生きづらさがなくなる程度までは軽減できるようにできます。

完璧主義に限りませんが、そもそもどうしてすべてのことを自分は完璧にしてしまうのかを理解しなくてはなりません。

あらゆることに完璧を求めるはずですから、すべてのケースにおいて完璧にやってしまう理由を追及していきます。

例えば
上司から怒られなくて済むように仕事をその日のうちに全て終わらせて帰る

こういう理由だったとします。

次に完璧にやった場合と完璧にやらなかった場合の結果を考察する必要があります。

これが唯一、最大の難しさであるのですが、完璧をやめたパターンをやらなくてはいけません。

勇気がない場合は完璧をやめなくてもいいですが、やめたパターンがあるほうが完璧主義を治しやすいです。

完璧にやった場合
疲弊していたけど、なんとか仕事を全部終わらせた。

完璧をやめる場合
疲れたから、今日のところは仕事が終わらなかったけど帰った。

最後に結果を考察します。これもあらゆるパターンになるので、いろんなパターンを記録していきます。

完璧にやった場合
ほめられた
or
ミスを探されて、間違いを怒られた

完璧をやめた場合
怒られた
or
仕事が終わってないにも関わらず上司は特に怒ることはなく頑張れと励まされた。

この作業を何十回も何百回もやっていきます。完璧主義を治すための特訓だと思って私はやっていました。

何十回も完璧のパターンと完璧にしなかったパターンをやっていくと、結果が今まで描いていたものと違うことに気づいてきます。

例えば、完璧にやったところで怒られることがあったり、妥協した割に励まされたりします。

今までは完璧にやれば褒められて、完璧にやらなければ怒られると思っていましたから、結果が全然違うことに気づけます。

このようなことを何度も繰り返していると、今目の前のことを完璧にしようがしまいが結果はあまり変わらないとわかってきます。

もし完璧をやめたパターンをやらなかったとしても、完璧にやったからといっていい結果ばかりになっていないということに気づけます。

もちろん妥協することを推奨しているわけではなく、

最も重要なことは

自分が苦しみながら完璧にやる必要は一切ないということです。

苦しみながらやった結果が悪い結果になることもあるならば、自分の体を犠牲にしてまでやる必要があるのかと思えるようになれた時に完璧主義を手放すことが出来ています

苦しんだり辛い思いがないのであれば完璧にやってもいいと思います。

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