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桜は散り、ツツジは咲き、そして牡丹は(河嶌レイ)/[インタビューズ](竹内亮 )

桜は散り、ツツジは咲き、そして牡丹は

2021年5月10日

歩き慣れた歩道の脇には、たくさんの花々が咲いている。もうすでに桜は散り、木の枝は緑の葉に覆われている。そして色とりどりのツツジは満開を誇り、突然雨が降り注ぐ。季節は目や耳、そして匂いで感じ取るものだ。体が季節の記憶をたぐり寄せるから。

去年の春も、同じことを考えていた気がする。丸10年住んだシンガポールより帰国してから初めての春で、もう4月なのに、桜の花びらの上に雪が降り積もった日もあった。雪に抱かれた桜は、この世の終わりのような美しさを放っていた。四季っていいな。季節の移ろいを感じることができるって素晴らしいな。ただ、大っぴらにはどこにも行けないけれど、ね。

そして1年後。3回目の緊急事態宣言の下、わたしはいつもの歩道を歩く。1年前の焦燥感は、種類の違うそれへと形を変えた。4月に雪は降らなかった。そして5月になり、ともすれば腐りきってしまいそうな精神の形をなんとかとどめるために、スマホで街に咲く花のスナップショットを撮る。

なにしろシンガポールでは一年中ブーゲンビリアや蘭が咲いているのだ。確かに豪華な花々が多い。ただそれが一年中だと時の移ろいというものを感じられなくて、何月に何をしたか、何が起きたのかを思い出しにくい。日本なら桜が咲いたら4月くらい、銀杏の葉が黄色なら11月くらいと(若干のタイムラグはあるだろうが)見当がつきやすい。だから桜とツツジは、わたしに1回目の緊急事態宣言を思い出させるのだ。

バス停までは住宅地なので、ひと様の軒先に咲く花を愛でながら歩くのが日課だ。とある日の午後3時過ぎ、いつもとは違うルートを歩くと、軒先に大輪の牡丹が咲いていた。みっつのうち、ふたつは満開。そして残りのひとつはもう朽ち始めていた。花びらの縁は薄茶色に変色し、開ききったその様は哀れにも思われたが、その風情がなんとも妖しくて目が離せない。バス停まであともう少しだというのに。

手に持ったスマホを取り出そうとしたけれど、写真を撮るのは憚れるような気がした。朽ちてゆく花の姿を、形として残すのは野暮なんじゃないか?彼女は放っておいてほしいんじゃないか? 写真を撮る時は被写体と仮想対話をすることにしているのでそう問いかけると、やはり応えはなかった。意外とシャイな牡丹さん。紫陽花なんて、おしとやかに見える割には意外とおしゃべりなのに。そうこうしているうちにバスに乗り遅れそうになったので、その場から離れた。

じっとバスを待つ。目の前には賑やかなツツジの植え込み。後ろには軒先のヒヤシンスやラナンキュラス。ついうっとりしていると、強風で帽子が飛ばされそうになる。先日まで半袖を着ていても汗が出そうだったのに、いきなり大雨が降ったり雷が鳴ったりする。春は思春期に荒れ狂うティーンエイジャーに似ている。ちっとも楽しいままでなんていてくれない。にっこり笑ったかと思えば、次の瞬間にキレている。青春なんて面倒くさいものさ。はいはい、バスに乗りますね。

バスの窓が雨粒でぽつりぽつりと濡れ始める。風もかなり出てきたから、バスを降りたら折り畳み傘では済まないだろう。乗客の少ないバスの中で、わたしはジーンズのバックポケットからスマホを取り出す。手にすると、日課となったニュースキュレーションサイトをチェックする。今日の新規感染者数はどのくらいだろう?

都内で久しぶりに1000人を超えた。少しだけ長く息を吸い込んだ。ああ、またか。これでオリンピックなんて無理だよね? 去年も同じことを言っていた気がする。わたし達はこの1年で前に進んだのかな?そしてわたしはふと思い出す。さっき見た牡丹の花は、今日一日もつだろうか? 帰りには、彼女の姿はもうそこにはないかもしれない。

帰りのバスを降りると、最初の角は曲がらなかった。その時以来、わたしは牡丹が咲いていた家の前を通らなくなった。


プロフィール
河嶌レイ(かわしま・れい)
日本帰国中の根なし草。ことばと写真のひと。ただいま短歌はお休み中。文房具への愛が止まらないオタク。カメリアハンター。
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1年前の4月30日、わたしが所属していた短歌サークル「嶌田井書店」(現在は無期限活動停止中)より、8名の歌人と嶌田井書店メンバーによる境界線時事詠合同短歌集「アーカイヴ」が公開されました。当時は第1回目の緊急事態宣言下であったことからnote上での公開になり、解除後の7月にようやくネットプリントでの発行を遂げています。
タイトル通り「アーカイヴ」は、当時の「いま」を記録・保存するために生まれた企画で、歌人8名にとっての1年前の「いま」が詰まった短歌とエッセイを読むことができます。
境界線時事詠合同短歌集「アーカイヴ」https://note.com/shimadaishoten/n/nb2f27be0b604



[インタビューズ]おはよう、ミーケー

2021年6月28日

——「パンデミック」といわれる状態になってちょうど1年ほど経ちました。
竹内さんの、環境や感情の変化についてお聞きしたいです。この1年ほどを振り返ってみて印象にのこっていること、変化したこと、発見したこと、チャレンジしたこと、また、変化していないことなどを教えてください。

変化としてはおおきく三つのことがあるように思います。
一つめは家で過ごす時間が増えたこと、二つめは人と会うのが減ったこと、三つめはそれらを含む生活の変化に慣れることへの悩みです。順番に説明します。

一つめですが、それまでは、だいたい職場で仕事をしていて、終電で帰ることもときどきはあったのですが、2020年の最初の緊急事態宣言以降、家で仕事をすることが増えました。

感覚としては、高校生までは毎日学校に行っていたのが、大学に入ってそれほどは学校に行かなくなったような感じです。

人と会うことについては、もともとそれほど人と会うことが多かったわけではないのですけど、それでも歌会とか仕事関係のものも含めて夜にある勉強会とかに行って終わった後に懇親会があったりしていたのが、会合や勉強会などもオンラインのものが増えて、人と会うことは随分減りました。

それから、昨年の4月からことしの3月まで早稲田大学の知的財産法の夜間の大学院に在籍していて、偶然なのですがちょうどコロナウィルスの感染拡大と重なり、オンラインの講義やゼミの試行錯誤を経験しました。日に日にオンライン授業が進化していくのを見ていました。

三つめは、環境に合わせて自分自身が変化に対応することの悩みなのですけど、家で仕事をしていると、気が散りやすいところもあって、気づくとほかのことをしていたりして、まだ慣れないでいます。生活の変化に慣れないことに加えて、なんだか気分が落ち着かないというところもあるように思います。


——最近読んでいるもの、聴いているもの、観ているものなどを教えてください。

昨年は、先ほど書いた大学院の授業が多くて、週に15~20時間くらいオンライン授業を観ていました。大半はリアルタイム中継の授業だったので、テレビのようなコンテンツを観るのとはすこし違いましたが。


それに加えて読書を通勤途中にすることが多かったので、読書量もやや減りました。これも悩みのひとつです。
その中で、ラジオを聴く時間がとても増えた気がします。吉田照美さん、伊集院光さん、藤岡みなみさんのラジオをラジコで聴いたりしています。ラジオのおかげで気持ちを落ち着けているようなところがあるように思います。


──否応なく何かしらの生活様式の変化があったと思います。制限の多いなかで健やかな気持ちでいるために工夫されていることはありますか? こんな習慣ができた、この習慣がなくなった、などありますか? あれば教えてください。

家にねこが6匹いて、5月末に1匹亡くなったのですが、それ以外に、わたしのツイッターをもし見ていただいていたら出てくるのですが、「ミーケー」とわたしが呼んでいる三毛ねこが毎日キッチンの窓にやってきて、話しています。

コロナウィルスは一時期ねこも感染するという説もありましたが、どうもねこは感染しないようで、そのことにはほっとしました。ミーケーは5年くらい前から来ているのですが、この1年は家にいる時間が増えたので1日、2、3回やってきて、「おはよう、ミーケー」とか「寒いね」とか「暑いね」とか話しかけます。

家にいるねこたちとミーケーには随分助けられているように思います。そう、「短歌研究」の7月号に「ミーケー」のことを詠んだ連作を寄稿しました。


──今、自分が大事にしたいこと、ものなどを教えてください。それは1年前とくらべて変わったのでしょうか?

最初に書いた悩みのことなのですが、もうすこし落ち着いて生活できたらと思います。新しい環境に慣れるのにすこし時間がかかる方だということもあって、もうすこししたらこの状況にも慣れるとは思うのですが、ワクチン接種が始まってもうすぐこの状況も終わりそうですね。また変化があるのかもしれないと思います。

コロナウィルスの感染があってよかったとは思わないけれど、生活の中で何が大切かを見直すきっかけにはなったようにも思います。1年前の連続的に慌ただしい毎日を一時停止してくれたようなところはあるのかもしれません。


プロフィール
竹内亮(たけうち・りょう)
1973年、茨城県日立市生まれです。2011年に東直子さんの講座で短歌を始めました。2年前から「塔」の会員で、そのほかに、山本夏子さんととみいえひろこさんと一緒に「半券」という同人誌をつくっています。第1歌集の『タルト・タタンと炭酸水』(書肆侃侃房)を2015年に出しました。仕事は弁護士です。去年から現代歌人協会の会報に「著作権Q&A」を連載しています。それから去年はもう一つ『自分で書く「シンプル遺言」簡単なのに、効力抜群!』という本を講談社から出しました。好きなものはラムネ菓子です。



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