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自称エッセンシャルワーカー (大橋春人)/諦めるにはまだ早い(福山桃歌)/春の転校生(涸れ井戸(海音寺ジョー))

自称エッセンシャルワーカー

2020年7月25日


準備ならできていたはずだったのにウィルスは来る満ち潮のごと

サッカーも野球も欠けた週末をただ働いて過ごすのみなる

日常は押し寄せてくるコロナコロナみんなコロナと口に出しつつ

「十日ほど待ってくださいメーカーもコロナのせいで困ってるんです」

(こんな時期にメガネが欲しいと言う人のまぶたの奥のお花畑よ)

「コロナとか知ったことかよ出来るだけ早く眼鏡を作ってくれよ」

(日常は続くだろうにウィルスを言い訳にするお前が憎い)

感情は言葉にすれば簡単だと抑えることも仕事だろうね

社長曰く「生活必需品として眼鏡、補聴器は存在します

それゆえに郊外店は営業を続けてお客様のためにも」

眼鏡屋は自称エッセンシャルワーカー。給料一割減の月末、

蜘蛛の巣に顔を突っ込むような日々ウルトラマンの映画は延期

正常性バイアスという脳内のマスクしてない客がまた来る

だとしても笑って「いらっしゃいませ」を言う彼方に雨の境目は見ゆ

手のひらをアルコールで痛めつけている冬の終わりから夏までを

マスクして眼鏡をかける僕たちの長いコロナの季節は続く


プロフィール
大橋春人(おおはし・はると)
愛媛県出身香川県在住。塔短歌会所属。四国キャラバン歌会運営(休止中。コロナが落ち着いたらゆるりと再開予定)。離島通勤者。


諦めるにはまだ早い

2020年7月26日

「恐らくはこの災害も教科書に載り、子どもらは落書きをして」という歌を、2012年3月11日に詠んだ。どんなに悲惨な出来事も、いつかは過去のものとなり、教訓として未来の人びとに昇華されゆく。社会科という教科はその手助けになると考えて、教員をずっとやってきた。

それ以前から休校状態だったものの、4月の緊急事態宣言発令によって、学校での教育活動は完全に出来なくなり、在宅でのweb授業に切り替わった。とは言えその方法は普段以上に一方通行で、伝わっているのか伝わってないのかすら確認するすべはない。こちらから投げかけた問いに返事はなく、せめてメッセージのやり取りでも出来ればと歯がゆい思いを抱えていた。


教壇に立てない春は境界が曖昧なままゆるゆる過ぎる


結構高かった制服はまだ一度も袖を通さないまま、息子の入園式は中止になった。まだ終わってなかった名前つけをしながらはらはら泣いた。しかし当の子どもたちは、幼稚園や保育園に行かなくてもいいこと、ゆえに早起きをしなくてもいいこと、毎日両親(特に父)が家にいることが嬉しいらしく、日々ノーストレスで過ごしていたことは唯一の救いだった。

ただ、幼児にもこの異常事態は理解できるらしく、何度も同じアニメを見ては「いいなあ、ここにはコロナがなくて」と呟いていた。


見る人が居ずとも桜はかなくて令和最初の春だったのに


マスクが手に入らない。ならば作ろうと手縫いしてみたが、1日に2枚が限界だった。特に子ども用のマスクは全くなく、ミシンを買おうとしたらこれもどの通販サイトを見ても在庫がなかった。

緊急事態宣言解除直前になってようやく、不織布マスクもミシンも流通し始めたので、子どもサイズのマスクをたくさん作った。しないよりマシ、くらいの効果しかないのだろうそれは、現代の千人針のよう。

お気に入りの柄のマスクを選んで、子どもたちは元気に楽しく幼稚園に通い始めた。今日もお互いに何も貰ってきませんようにと願いながら、わたしが着けたのはやっと手に入れた中国産の不織布マスク、ひと箱三千円。


海を越え来てくれたのね日本語が不自由なまま売られるマスク


緊急事態宣言が解除され、6月から学校での教育活動が始まった。今まで顔が見えなかった生徒たちの、マスクの下に隠れた綻ぶ口元にこちらも気が引き締まった。こちらは初対面なのに生徒たちはわたしの顔も名前も知っていて、挨拶をすれば返事が返ってくる。

それだけで、じわじわと社会生活に復帰した実感が湧いた。夏休みは短縮され、部活動は制限され、宿泊研修なども実施できるか分からない状況ではあるが、とりあえずもう休校措置は取られることはないらしい。一日中マスクを着ける日々を重ねて、少しずつ日常に戻っていく。
  

ウイルスがなかった世界線ならば汗ばむ指を絡めた夏だ

受け取った言葉を返す 誠実にわたしがそうされたかったように

考えることを止めるなくだらないことはひとつもないよこの先
  

届かないかもしれないと思いながら言葉を放つのには思っている以上に勇気が必要で、だからこそ届けば嬉しいし、こちらも相手の言葉を取りこぼさないように大切に扱おうと思う。諦めるな、逃げ出すな、暗い話ばかりの現在だけれど、それでも世界は粛々と続いていってしまうのだから。


絶望に飲み込まれても残念なことに世界はまだ終わらない



プロフィール
福山桃歌(ふくやま・ももか)
広島生まれ広島育ち、大阪暮らし8年目。大好きな人の妻、5歳の娘と3歳の息子の母、社会科の非常勤講師という三足のわらじを時々すっ転びながら履いている。10年ほど前から短歌と都々逸を詠み始める。「秘密結社DDIT」構成員、育児クラスタ短歌部「いくらたん」メンバー。文学フリマ大阪に「楓の花」として出店。ポルノグラフィティとポケモンが好きすぎる。
Twitter @peachsong_521
note https://note.com/peachsong521
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同じテーマで短歌と都々逸を詠んだらどうなるか、という試みをフリーペーパーでやっています。第1弾は「愛」、第2弾は「夜」をテーマに詠みました。こちらから無料でご覧いただけます。https://peachsong521.booth.pm/
第3弾も近く詠草を募集したいと思いますので、特に都々逸に興味がある方は是非ご参加ください。


春の転校生

2020年7月31日


エアロックが閉まると、ヒロも僕もアーマーを脱ぎ、わっと喋りはじめた。「おまえ、見たか」
「ああ、一瞬だったけどな。金色のアーマー」
「あの色、金色ってのか?初めてみる色だ」
ヒロは興奮して大声でがなりたてた。
「あれ、あの金色のやつ、転校生かな?」

 換気が完了し、二人は内側のドアハンドルを回し、滅菌廊をくぐり教室へ移る。ロッカーの薄地のスモックを羽織ると席へ着いた。先生が、ブインと3D投影で教壇に現れた。1時間目は歴史の授業。歴史ってのはぼくたちが未来で間違いを繰り返さないよう、過去の出来事を学ぶ科目だ。

『授業を始める前に、転校生を紹介します。入って来て』

 あっ! とヒロとぼくは同時に声を上げた。登校の時に、金色の装甲服を見かけたんだ。あの中の人だ。
 教壇奥のスライドドアが開き、初老のお婆さんが入室した。
「あら、かわいらしいわね、お二人さん。アゲハって申します。今日からよろしくね」
 お婆さんは仏のような笑みで、挨拶をすませた。先生と顔が良く似ていた。といっても、ヒロもぼくも先生も、みんな共通の繭だから、同じ顔立ちなのだ。けれど。窓。厚いガラスが嵌め込まれた窓から、桜が散るのが見えた。




プロフィール
涸れ井戸(かれいど)/海音寺ジョー(かいおんじ・じょー)
海音寺ジョーという筆名で、超短編小説や俳句を書いております。また涸れ井戸という筆名で、短歌も作っております。
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ぼくも参加している千百十一さん編集の、「コロナの春」記録文集『春にしてみんな離れ』絶賛発売中です。https://twitter.com/575hc500/status/1272792016103981056


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