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令和二年春(曾根 毅)/新たな旅びと・はじめてでいち度きり(ミカヅキカゲリ)/ハワイ~回生の時(シンタニ優子)

令和二年春

2020年7月1日


花篝から戻り来て手を洗う

花曇り孤独の上に本を積み

手作りのマスクのねじれ都市封鎖

クラスターがクラスターを生む節分豆を雪の模様のネイルで弾く

体中スパイスでいっぱいにしてウイルスたちをびっくりさせたい

ウイルスが月光に会う剃刀のような冷たい風が吹くとき


プロフィール
曾根 毅(そね・つよし)
俳誌「LOTUS」同人。現代俳句協会会員。句集『花修』(深夜叢書社)。
2020年、第二回笹井宏之賞大森静佳賞、第八回俳句四季新人賞受賞。


新たな旅びと

2020年7月18日


ぼくらはきっと旅びとだ
どこに行くのか
なにを目指すのか
それさえもわからないまま
旅をしている

いつ果てるとも知れない
あてもない
遥かな旅

パンデミックの世界
先の見えない状況
ぼくらには身を寄せあうことはゆるされず
分断と孤独がぼくらの安全を保証する

たぶん
もう二度ともとにはもどれない

そのなかで
ぼくらが目指すべきはなんなのか
辿り着く場所は待っているのか
見えないのに
身を寄せあうこともゆるされず
ぼくらはひとりきりで旅をしなければならない

ともかくも
前へ
ともかくも
あしたへ

これは試練なのかも知れない
表面的な〈つながり〉に依拠(いきょ)することなく
ぼくらが深いところで全体的な視点を持てるかの

ぼくらはきっと旅びとだ
ぼくらは信じている
進んでゆけると
歩んでゆけると


はじめてでいち度きり

2020年7月18日

 わたしがちいさな出版社*† 三日月少女革命 †をつくったきっかけは数年前の文フリ福岡への一般参加。そのときの遠出の介助者はまき子。男前すぎて、のちに恋に落ちてしまう相手。

 それはともあれ、道中に喫煙ルームを見つけたまき子は、悦んだ。
「ミカヅキさん、○○さん、タバキュウほしいかも」
 自分のことを苗字+さんで呼ぶまき子は、ヘビースモーカーなのだ。わたしが諒承すると、まき子はいそいそと喫煙ルームに消えて行った。
 取り残されたわたしはしばらくは、赤い電動車椅子で同心円回転(要するにその場でくるくる回ること)をくり返していたけれど、あまりに手持ち無沙汰なので、まき子を追った。

 喫煙ルームのドアの前で中を覗くと、気づいたまき子が笑う。
「なに、暇だったの?」
 首肯(うなず)く。
「遊びにきた」
「入りますか?」
「入る!」
 まき子はドアを固定してくれた。おずおずと中に進むと、喫煙ルームは思いのほか新しく空気も清浄だった。あたりを見渡したあと、まき子に視線を向けた。

 まき子はことのほか気持ちよさそうに、紫煙を燻らせている。あまりに心地よげで、カッコよく見えてわたしは見惚れてしまう。
 THE・大人の女!! わたしは思わず云った。
「カッコいい〜、まき子」
 まき子はニヤリとする。悪そうに。
「吸ってみます?」
 それまでの人生で初めての煙草。吸い込んだわたしは盛大にムセた。

 後にも先にも喫煙は、このときだけだ。そして、まき子とのほろ苦い間接キスも。善い想い出だ。


プロフィール
ミカヅキカゲリ(みかづき・かげり)
赤い電動車椅子と長い黒髮がトレードマークの詩人。最近、10年ほどつづけた短歌と〈うたのわかれ〉を決意。創作の力点を詩作に置くことをあらためて誓ったばかり。
基本的に、執筆は更紗(わたしのパソコン。少年。)で、中指いっぽんで行っている(四肢麻痺のため)。
現在、北九州市で介助者の支援を受けながらひとり暮らし。数年前より、ひとりきりでちいさな出版社*† 三日月少女革命 †を運営する傍ら、本の表紙デザインなど装丁家としても活動。詩集に『水鏡』『立脚点』など。ほか著書多数。四肢麻痺のほか、発達障害やFtXでもある。そのため、ことばの世界に縋りがち。
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ちいさな出版社*† 三日月少女革命 †の最新刊、作品集コロナに負けるな!!『ひかりのほうへ』、大好評につき、増刷しました。
ミカヅキ参加の詩誌『指名手配』も創刊♪
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ちいさな出版社*† 三日月少女革命 †
http://3kaduki.link/
Twitter @3kaduki_kageri

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ハワイ~回生の時

2020年7月20日


望んでいたことだった。
でも、こんなかたちで来るとは思わなかった。

車道には動く物がなく、
工場の煙突から昇る影もない。
耳を澄ませば、鳥の鳴き声とヤシの葉擦れの音。
空はこんなにも澄んでいる。
そうか、あの銀色の機体ももう来ないんだ。

日焼け止めクリームをたっぷりと塗りたくったヒトが、
その油を海面に漂わせることもなく、
ウミガメも、ハワイアン・モンクシールも、
太古の昔からずっとそうだったように、
ゆったり波間に浮かんでいる。

ヒトは何かを手放した。
速度を上げて移動することや、
風や海を独占することや、
神の領域に立ち入ることや……。


手放せば甦るものウミガメの甲羅干しするワイキキビーチ


*****


人懐こいスーパーのレジ係りが、
顔の大半をマスクに隠し、
細い眉を少し垂らして笑っているのが判る。

「小麦粉を買っておきなさい」と勧めてくれる店員に、
私は愛想をふりまくために大きく頷き、2袋もカートに入れた。
離れ小島だから、次の荷が来るまでの作戦が要る。
島の人は皆心細かった。


*****


祖国への便は欠航のまま、
チケットをもぎ取られたのは春だった。

桜から鉄線へと季節は移り、
そして紫陽花が立ち枯れして、
つんと空を目指す立葵が咲き切る頃には、
油絵のような向日葵がてらてらと咲くのだろう。
手紙一つ待つことも諦めた。


待ち侘びるものばかり増え爪立ちて探す彼方に立葵燃ゆ


秋桜が山裾に揺れる頃には誰かが私を見つけてくれるだろうか。
これが望んだ姿だったか判らない日常を送りながら、
シャワーと呼ばれるにわか雨に、私は泣くチャンスを貰っている。


バナナの葉 音跳ね返しシャワー降る「ところにより雨」は今も変はらず



プロフィール
シンタニ優子(しんたに・ゆうこ)
1987年ハワイに嫁し、アメリカ社会に君臨するうちに、次第に日本人性が薄れ、アイデンティティーも喪失して行った。異文化における疎外感と、自分は何者なのかという不確かさが胸を塞ぐ毎日。心身共に病んで行った。そんな頼りない想いを、長らく忘れていた短歌の調べに乗せることを思い出し、作歌を再開した。歌は私の削られた部分に寄り添い、初めて私としてこの地で立てることを知らせてくれた。 
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歌歴
東京出身ハワイ州ホノルル在住。「水甕」同人。1985年より「水甕」にて歌を詠み始める。1992年~2014年末休詠の後、作歌活動再開。平成28年度水甕賞受賞。2016年より「リリコイ短歌会」主宰。2020年6月より生活の断片をnote(https://note.com/lilikoi)に記し始める。


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