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パンデミック(多賀盛剛)/妖精・一秒の重さ(山本夏子)

パンデミック

2020年8月2日


5月にかいた日記をよんだ、

2020/05/11
19:23
うちくだかれた予期が、
たくさんあって、
ぼくらのいきていきかたに、
えいきょうあたえてる、

これはアンドレブルトンが
ゆうたことを、
ぼくが日記にかいた、
この日にゆうてない、
アンドレブルトンは
もうしんでる、
何十年もまえにしんで、
これはしぬ何十年もまえにゆうた、

もう、
おこらへんかったことの、
つづきとしていまがあるような、
これから、
こうやって書きすすめることが、
それまでにかいたことの
つづきやなくて、
いままでかきあぐねて
しもたことのつづきを、
ぼくはかきすすめるような、
いまかいてることに、
これからかくことが
つづいてくんやなくて、
いままでかきあぐねてきたことが、
あとからあとから、
海岸線に、
海岸線のかたちで
たまってく砂の、
そういうんを想像した、
うちくだかれた予期が、
そのまえの
うちくだかれた予期の
うえにたまってって、
海岸線のかたちに、
海岸線をあるくように、
うちくだかれた予期にそって、
ぼくは予期してくような、

もうわすれてまうけど、

2020/05/14
17:50
おぼえてへんこととか、
おぼえてへん夢とか、
おぼえてへん
そうはならへんかった
予期とか、
そういうことで
いまぼくがせかいを
どうかんじるか
ていうんがある
ておもたら、
理屈でかたれる
なんかていったい
なんなんやておもう、

たくさんいっしょに
時間をすごした、
そのほとんどをわすれてく、
もしくはおぼえることもない、
でもいっしょにいてたから、
いまもいっしょにいるから、
いまからもいっしょにいる、

ことしもさくらが
まんかいなって、
ことしもすぐあめふって、
あめがあたって、
さくらがちって、
そのあともあめがふって、
さかのうえから
さくらのはなが
ながれてきて、
やまのうえのさくらかもて
かんがえてたんは、
きょねんかもしれへんかった、
もっとまえかも、
いつかあった、
そんなことはなかった
かもしれへんかった、

なんもおぼえてへんくて、
そのとき、
そのとき、
いまのしゅんかんに、
いまをみて、
きいて、
さわって、
これからすることを、
おもいなおしてるかも
しれへんかった、

桜がさいた、
このさくらのまわりにも
にんげんはおらへんくて、
こんなことは
いままでみたことなかった、
あめがふらへんかった、
いっかしょに
たくさんのにんげんがいると、
にんげんのねつと、
にんげんから蒸発する水で、
雨がふってたんかもしれんて、
おもてたら、
桜はまんかいで、
あめがふらへんかったら、
まんかいのまま
しばらくちらへんくて、
それをにんげんはみてへんかった、
しばらくしたら、
はなびらがちるまえに、
さくらのはなぜんぶが、
まるごとおちた、

きょうは
おかあさんとこどもが
さくらのまえにいた、
まんかいのさくらを、
ふたりだけでみてた、


プロフィール
多賀盛剛(たが・せいご)
1982年京都府京都市生まれ、京都市立山科中学校卒業、兵庫県川西市在住。歌人。プロレスが好き。



妖精

2020年8月2日


新幹線の仲間のように園児らが楽しげに言うヒトヒト感染

子が志村けんの死で知る「ようせい」に妖精でない意味があること

カルピスとプリキュアで子を黙らせて仕事のメールいくつか開く

ママずっとイライラしてる 五日目の在宅勤務の朝に子は泣く

つぎつぎと自慢のおもちゃを持ってくる子どもどうしのビデオ通話に

にんげんがいるから外へ出られない子ぎつねたちの闇に鳴く声

ヒトからヒトへうつる感情 人の目に見えないものを人は怖がる

距離をとることをおぼえる教室の窓にあふれるあじさいの密


一秒の重さ

こんなに長いあいだ娘のそばにいられたのは何年ぶりだろう。

四月七日の緊急事態宣言により、私の仕事は在宅勤務に、娘の保育園は登園自粛となった。生後九か月で保育園へ預け始めて以来の、娘と二人だけで過ごす日々が突然始まったのだった。

生活リズムが変わらないように、毎日六時半に娘を起こす。朝から公園へ行き、勤務が始まる九時までに戻ってくるのが日課だった。仕事中、「ごめんね」と謝りながら、ときには「今忙しいの」とイライラしながら、「一緒に遊ぼう!」と無邪気に抱きついてくる娘をやり過さなければならないのは、心が痛かった。

毎日公園へ行って練習をしたおかげで、娘はあっという間に補助輪なしの自転車に乗れるようになった。いつもなら外で遊ぶのは休日の夫の役目なので、私がこの瞬間に立ち会えたのは、パンデミックがくれた奇跡でしかない。

娘が保育園に入園する前、私は突発性難聴になったことがある。初めての育児で、言葉の通じない相手と一日中一緒に過ごすのは、思っていた以上に大きなストレスだったようだ。今でも低い音は少し聞き取りにくい。それでも、寝返り、はいはい、つかまり立ちなど、成長の瞬間をそばで見ることができたのは幸せなことだった。と、今となっては思っている。

五月末に緊急事態宣言が解除され、私の仕事は通常勤務に戻り、保育園も再開した。楽しそうに保育園へ通う姿を見ていると、親子は少し離れて過ごすほうが良いのかもしれない。けれど、親が子どものそばにいられる時間は、生まれた瞬間から一秒ずつ減り続けていく。この春は、そんな一秒の重さに気づくための時間だったのだと思う。娘は来年、小学生になる。


プロフィール
山本夏子(やまもと・なつこ)
1979年大阪生まれ。「白珠」所属。2016年、第四回現代短歌社賞。第一歌集『空を鳴らして』(現代短歌社)。2018年、同歌集にて日本歌人クラブ近畿ブロック優良歌集賞。うさぎ好き。Twitter:@yamamotonatsuko
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とみいえひろこさん、竹内亮さんと作る同人誌「半券002」を9月に刊行。
占いの勉強をしています。


PDFはこちら

https://drive.google.com/file/d/169MI3odDN0tqHlsJ4kYQDRJ33hUq5rdx/view?usp=sharing

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