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転先生 第7話

階段をあっという間に駆け上がった。廊下からは教室を飛び出す煩声。蝉の声より子どもの声の方が耳障りだと先生だけが知る事実。
一つ深呼吸を置く。
今までの僕は、ここで心が折れていた。しかし、それも当然の事であった。前の僕は全くの無防備なまま、教室へと入っていたのだから。もし動物園でライオンの檻に私服の男が入っていけば結果など目に見えていよう。教室に入るまで何も頭を働かせてこなかった自分自身が悪かった事。

(装備 銅の鎧を心に装備しました)

準備は出来た。勢いよく僕は扉を開ける。

(スキル笑顔レベル一 発動)

(定型文レベルMAX 発動)

「おはようございます!!」

教室に入ってからの僕の怒涛の先制攻撃。
児童等の困惑が少し伝わる。
今日の僕の挨拶はまるで四月の挨拶みたいな思いきりのよい挨拶。児童等は訝しみながら挨拶を僕に返す。

僕の夏休み明けの変化に児童は敏感な様だ。良くも悪くも。

僕の挨拶に対する児童の反応は三通り。
一つ目はいつもと違う僕に対する興味本位な反応。
二つ目は粋がる僕への冷ややかな反応。
三つ目は僕の僅かな変化等どうでも良いという反応。

そんな三つの反応が相まって、朝の会史上最も静寂な教室。ついこの間までの僕が求めていた教室。こんな沈黙は何の意味も無いのに。
しかし、今が絶好の機会でもある。学校現場では黄金の三日間と言う言葉がある程、児童達が先生の話を真剣に聞く時間は限られている。とうの昔にこの三日間は過ぎ去ってしまったが、夏休み明け、この沈黙の時間はそれに次ぐチャンスである。

「夏休み、皆どうやって過ごしてた?」

教室に通る僕の声。児童等は初めのうちこそ戸惑いはしていたが、次第にぼそぼそと近くの友達と話し合っていった。
僕が振ったパスではあるが、児童等は僕を置いて盛り上がりを見せる。

余所者の様な僕。これじゃあいけない。僕は急いで教卓の上を降りる。
話す事に夢中な児童達は僕が教卓から居なくなった事になど気付きもしない。敵の死角から消える僕。これは渾身の一撃を食い込ませる為の布石になる。

「な、どんな話してる?」

集中して自分の話をする児童E、Fの横に僕は顔を突っ込んでいく。話をしていた児童Eはギョッとした顔をした。

(スキル 笑顔レベル一発動)

矢継ぎ早の僕の攻撃。児童Eは目を見開いたが、ぽつぽつと僕にも話を分けてくれる。

「えっと、僕はお父さん、お母さんと沖縄に行ってきて、それでなんかカニみたいなやつ食べたかな」

思い出しながら話す児童E。カニみたいなやつ?と児童Fはツッコミを入れる。

「カニみたいって言うか、カニ?んー、なんて言ったらいいかわからへん」

児童Eは戸惑いながらごにょごにょ言い出す。

「カニみたいなやつってひょっとしてヤシガニじゃないか?」

児童EとFは揃って僕の顔を見る。児童Eはそれそれー!と顔をパッと明るくした。

(スキル 大人の知識発動)

「確か、ヤシガニって言うのはヤドカリの仲間だよ。そして、ヤドカリの仲間としては最大の大きさだ。どれくらい大きいかと言うとな、児童Fの顔よりももっと大きいんだぞ」

僕の知識に児童Fは目をまん丸にし、横の児童Eは得意げに鼻を鳴らす。
僕はその表情に満足したので、更に他の児童達の話の輪にも顔を出してゆく。大体の児童達は皆んな僕の登場に驚きながらも話を聞かせてくれる。

これは面白い

今までの僕は、授業とは教卓の上でのみのパフォーマンスだと思っていたし、机間指導にしても一過性のものだと割り切っていた。

浅かったな〜ほんと

でも、今になってやっと知れた。夏休み明けの導入にしては上々ではないだろうか。

(ピロン 児童理解のレベルが三に上がりました)

得意げな僕。だが、ここからが本番である。
楽しげな児童達の話がある程度落ち着いた頃を見計らい、僕はクラスに声を響かせる。

「じゃー、皆んな注目」

今から僕は賭けに出る。僕自身が生き残る為の危ない授業の始まりだ。

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