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1人の心情を描き切る「推し、燃ゆ」の感想文(ネタバレあり)

【注意】ネタバレあり感想です。

この本が新人作家の短編中編に送られる芥川賞の作品ということで、読み終えてからなんとなく芥川龍之介の「羅生門」を学生ぶりに読み返しました。(ほんとうになんで?)

生きるために盗賊になろうとするも勇気のでない下人が、死人の髪を抜いて鬘(かつら)にしようとする老婆に出会い、最初は正義感から老婆を強く拒絶しますが、最終的には自分も悪事に手をかけてしまう話。誰にでも潜む悪魔が描かれています。

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人の闇みたいなのは時代にかかわらず共通でおもしろく読めてしまいます。「推し、燃ゆ」も、テーマは違いますが1人の心情を描ききり、その1人をとおして今を生きる人を写すような作品でした。

「推し、燃ゆ」は、羅生門と比べると主人公があまりに私たち側です。読むと主人公のあかりに対していろいろな感情を持ちます。人の本音と自分の本音がぶつかったときに起こる摩擦みたいなものでしょうか。

「推すこと」に理解があるか、主人公の生き方をどう思うかで、その感情はちがってくると思います。

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終わりかたを含めて現実的で、小説を読むというより、1人の人間の心を覗きながら追っているような気分でした。

率直な感想としてやや辛く感じたのは、推すこととは別で感じている主人公の「生きづらさ」、それを「推すことで中和させていたこと」、推す対象がいなくなったあと「主人公は特に変わらず」終わるところでしょうか。

最後、あかりは自分のことを受け入れているようにも読めるので、その点は変化があったんだと思います。

いやでもこれって推してる側からすると普通にありえる話だよなとも思ったり。実際には1人を推す人だけでなく分散推しする人(私)もいるから、ここまでダメージ受けないだろうけど…とか。

著者インタビューを読むと「なにかに100%打ち込めることは素晴らしいことだ」と話していたので、私が感じた作品の辛さとは別に「推すこと」の必要さ・素晴らしさも書きたかったのかなぁと思ったりしました。

この本を読んで、いろんな人の感想を想像し、実際に感想を読んでみたりしました。

「推しを持つ子どもの気持ちを理解しようとする親」
「主人公の持つ障害は発達障害だと思う。自分も当事者だからすごく共感できて自分にとって救い」
「主人公に共感できない」
「わかる、素晴らしい」
「推しがいるけど、こうならないようにしたい」
「誰かを推したことがないので、こういうものかと理解できた」等々・・・

感想を読んでいてもやはり、主人公に対する気持ちが人によって分かれる作品だと感じました。発達障害の方からの感想で主人公の生き方を「本当にこんな感じ」というのをいくつか見かけて、興味深かったです。

主人公のあかりは、家族との関係も寂しいくらいお互いを理解しないまま進みます。ただ、最後には自分で自分を認めたようにも見えて、それでいいのではないかと思いました。

推しのいる生活を理解できるようになる1冊かもしれません。

自分の感想とセットに楽しめる作品です。

さいごに

読み終えた後に帯の感想を見て、下記の3つに共感したので載せておきます。

「すべての推す人たちにとって救いの書であると同時に、絶望の書でもある本作を、わたしは強く強く推す」ー豊崎由美
「うわべでも理屈でもない命のようなものが、言葉として表現されている力量に圧倒された」ー島本理生
「未来の考古学者に見つけてほしい時代を見事に活写した傑作」ー朝井リョウ


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