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「神様のボート」 /読書report

途中まで何だかイライラしながら読んでいた。葉子があまりにもファンタジーの中に生きていて、娘をそこに閉じ込めているように見えるから。

何度も引っ越しをすることに子どもが抵抗を感じ始めるのは当たり前だ。
そんな娘の別れの辛さをまったく思いやれず、「私たちは旅ガラスなのよ」「一つの場所になじみたくないの」「なじんだらパパが現れない」…という一方的な思いで、娘を振り回す母。

親、ではなく永遠の少女だ。
草子は健全に成長していき、苦しくなってゆく。ママが大好きだし、ママの語るパパの思い出も大好きだけど、そこに着いていけない。
そう、どこかで感じ始めている。ママはあたしよりパパと一緒にいた時間の方が大切なんじゃないか、と。

そしてサインを送っている。「あたしのために生きて」と。その切実なサインに全くぴんとこない葉子に、私は苛立ち続けていたが、草子の成長は見事だった。草子は、「もう引っ越したくない」と主張するようになり、「寮のある高校に行く」と宣言する。高校生の間はもうどこにも行かないから、と引き留める葉子に折れることなく、母親の気持ち一つで足場を失う人生ではなく、自分の足で歩きたい、と宣言する。でも、「ママの気持ちについていけなくてごめん」という苦しくて悲しい気持ちが割り切れずに残る。そんな草子の感情の在り方が胸に強く迫って来た。

草子の成長に伴って、私の気持ちもほぐれてきた。同時に、娘に突き放されてしまった葉子が途方に暮れてしまってようやく、葉子の気持ちにもチューニングできた。
この人は、過去の美しい恋こそが現実だと思わないと、生きてゆけないし、そう思うためにも、それ以外の現実を受け入れてはいけないのだろう。今はあくまで仮住まいでなければならない。

葉子とは比べようもないが、自分にもあった過去の大切な恋を思い出し、もしあそこに思い留まりたければ、今の生活を愛してしまってはいけないと思うだろうなぁ、「美しい思い出」にすることなどできないだろうなぁ、という気持ちも何となく理解できる気がした。
それほどまでに激しい恋だったのかとどこかで羨んでいたのかもしれない。

イマイチ納得できなかったのはラストシーンで、どうやら思い人は突然葉子の元に訪れたようなのだ。(それとも妄想だろうか)
「思いが成就してよかった」「神様のボートはしかるべき港にたどりつけたんだ」というちょっとした感動もありながら、「そんな都合よいことある?」という疑問(嫉妬だろうか)があったのは事実。できれば草子の独り立ちを機に、痛みを抱えながら、葉子も新しい人生の一歩を踏み出してもらいたい…という思いがあったようだ。

全体的に、描写が美しく、悪い人・汚い人が出てこないことが、しっとりとした読後感を与えてくれる。

「煙草とコーヒーとチョコレートがママの栄養源で、仕事がママの安定剤、パパがママの支えで生きる理由で、あたしがママの喜びで宝物なのだ(p175)

神様のボート 江國香織


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