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『まひるのほし』と考える「生活」と「アート」:第2回パラブラ映画カフェ レポート

映画を語り合って、映画がさらに好きになる、そんな「場」が「パラブラ映画カフェ」です。今回語り合う作品はパラブラ映画部で配信中の『まひるのほし』。ゲストに撮影協力・出演をされた関根幹司さんをお呼びしました。司会はパラブラ代表の山上庄子、ほか4名の方にご参加いただき、映画の感想を共有していきます。


(山上)今回ご覧いただいた作品は1998年、今から23年前に制作された『まひるのほし』。数々のドキュメンタリー映画を撮った佐藤真監督が、福祉施設である信楽青年寮や神戸のすずかけ作業所、そして関根さんがいらっしゃった工房絵(かい)。この3ヶ所を中心に取材して撮られた作品になります。
当時はバリアフリー版を制作されないまま公開されているんですけれども、改めて皆さんに見ていただけるようにと思って、一昨年にPalabraで字幕と音声ガイドを制作した作品でもあります。

この「まひるのほし」というタイトルは、映画にも出演したはたよしこさんが付けられたそうです。私達の目には昼間の空に星が見えないけれども、実際にはそこに一つ一つの星が輝いてるんだという意味が込められています。
今回パラブラ映画部を立ち上げたんですが、私たちとしても、やっぱり作品一つ一つを丁寧に届けていきたいなという思いからスタートしていて、そこにこのテーマがすごくリンクするなというところもありました。第一弾の配信作品がこの作品になるというのは嬉しいなと思いながら、今回使わせていただいてます。

障害者の映画見るんだったら、こういうものから先に観てみてよ

(蒔田)今日は横浜の家から参加しています。私は視覚障害者です。見え方を説明しなきゃいけないかなと思うんですけれど、全盲です。
もしこの映画に、音声ガイドがつかなかったら、これ何?って、私最初に思っただろうなと。何をテーマにしているのっていう感じで。音声ガイドや字幕が付くことによって、よくわかるようになるものがこの映画の中には随所にあったと思うんですね。作業所で描いている作品を紹介したりとか、日常生活を紹介しているものなんだなっていうのが、音声ガイドを通してはっきりわかるようになったっていうことが、一ついいことなんじゃないかと思いました。
もう一つは、障害者をテーマにした映画っていうのは、すごくなんか、美化されていたりとか、見えないんじゃこんなことやんないよっていうようなことが含まれているものが多くて、私からしたら障害者をテーマにした映画なんて絶対観ないって感じなんですけれども。
今回びっくりしたのが、男性。シゲちゃんっていうのかな。女性の水着ばっかり書いてて、あんたこれで普通の社会にいたらやばいよって。女の水着にどれだけ興味あるのって。やはりここは普通の人と違いますよってところじゃないかなっていうのを、リアルに説明してくれて、これが一番良かったじゃないかと思います。
障害者の映画見るんだったら、こういうものから先に観てみてよって他の人に言えるんじゃないかと思います。

(山口)私もやっぱりこの映画で一番、自分が興味を持った人っていうのはシゲちゃんだったんですけど。もうまず、最初の登場のシーンで自転車に乗って自分はこんな人が好きでミニスカートが~とかすごい勢いで言いながら出てくるシーンが印象的で。なんか、すごい楽しそうだなって思ったんですね。普段思ってることは内に秘めてることが多いと思うんですけど、アートにして放出していくっていうのが楽しそうでうらやましいなって思いました。

(持丸)私は障害のある方が描くアートってものすごいことをしているんじゃないかっていう思いがもともとあったんですね。でも、例えばこの子供の絵のように見えるのは、やっぱり子供の描いた絵に見えていて正解なんだなっていうことをに気づいて、そこからまた作品をまっすぐに見るようなきっかけになったような気がします。また、描いている人たちは楽しいだけではなくやっぱり人生を背負って、その末に楽しみを見つけたんだなっていうことも面白かったです。シゲちゃんの話だとか、嘉彦さんが時々つぶやく「情けない」っていう言葉だったりとか。私はあまり障害のある方と関わらずに過ごしてきたんですけれど理解のきっかけになったし、作品もまた新しい面に気づかされるような面白い作品でした。

(桑山)ひとくちにアートといってもいろんな作家性があって、純粋にそこが面白いなと思いました。あと冒頭にはたよしこさんが「こんな勢いで作品を書いたことはない。」とおっしゃってたところもあったんですけど、皆さんの集中力というか、作るときは別みたいなのが、すごく感動して、そこと普段の家族の方とかと接しているときの砕けた感じだとか、いろんな面が見れて、すごく面白く観させていただきました。

全体2

テーマは「アート」じゃなくて「生活」

(山上)関根さんにこの映画の感想を聞くっていうのもちょっと変な感じだとは思うんですけれども、よろしければ関根さんの方から映画との関わりっていうことと、それから当時の話をまずは少し聞ければなあと。いかがでしょうか。

(関根)蒔田さんの話に出てたんだけれども、23年前。こういう映像を出すっていうこと自体がご法度。障害者を見世物にしてるとかいう時代ですね。
施設っていうのは作業やるところだってみんな思ってますので。遊ばせてて何になるんだっていうご感想が圧倒的に多かったですね。ましてやシゲちゃんなんてアートでも何でもないみたいないじゃないかみたいなところで、僕もシゲちゃんを出すにあたって本当にドキドキしながら、これ出して、今で言えば何か炎上しちゃうんじゃないかみたいなね。大批判食らうんじゃないかなって思いながら、かつ、大批判来ないかなっていうのも期待しながら、撮ってもらってましたね。でも、そのマイナス面よりも、とにかくちょっとシゲちゃんを有名にしたかったので、不安で迷いましたけれども、撮ってくださいっていう感じでした。
佐藤真監督もすごく迷ってて。障害者が絵を描くっていうのを映像に撮って、どういうふうに映画にしていいかわかんないっていうのを僕に漏らしてたんですけど、僕がシゲちゃんの話をしたときに、彼らは障害者でありアーティストなんだけれども、その裏にはいろいろな生活を背負って生きているんだっていうのが表せたら、いいよなっていうことで、撮り始めた映画なんですね。なので、別に障害者アートを紹介しようとしているわけではなくて、彼らが抱えている裏の生活を秘めながら絵を描いてるんだっていうところを撮りたかったというふうにおっしゃってましたね。

関根さん

シゲちゃんの「アート」の裏側

(山上)映画の後半の方で関根さんとシゲちゃんが出てくると思うんですけど、映画は本当にいろいろある中の一部が切り取られていると思うので、実際、シゲちゃんってどういう方だったのか。あと関根さんにとってのシゲちゃんとの時間っていうのがどういうものだったかというあたりを伺えればと思うんですけれども。

(関根)長くなりますよ!

(山上)はい、知ってます!笑

(蒔田)私の方からも質問したいんですけど。なんで女性の水着に興味あるかなっていうのがそれが不思議で。果たしてどういう人なんだろうと思いました。

場面写真 テーブル一面に水着のメモ。書いているシゲちゃんの背中

(関根)僕は今のアールブリュットの流れ。絵とか作品だけをアートとして取り上げてるっていうとこにちょっと懸念があって。そういうのも含めて、そのシゲちゃんの話をしたいし、それを含めて『まひるのほし』見ていただきたいと思うんですけどね。

毎朝ですね、まず犬の遠吠えが始まるんですね。施設の僕の部屋にいるとワオーンって犬が鳴き始めるんですよ。あ~犬であってほしいな、あれは犬だ、犬だ…って思っていると、その遠吠えがだんだん近くなってくるんですよ。近づいてきちゃった、これは犬じゃないなと思っていると、だんだんワオーンがワオーンじゃなくて、馬鹿野郎っていう怒鳴り声だと聞き取れるんですね。
施設の玄関の前にやってくると、さらにそのテンションがあがりまして。施設の前で馬鹿野郎って怒鳴るんですよ。本当に近所迷惑なので。職員も僕も迎えに行くんですね。そうすると、職員につかみかかってきてですね。僕は生まれて初めて、今、コロナで飛沫なんてご法度ですけど、顔から30センチぐらいのところで馬鹿野郎って怒鳴られて、唾いっぱい浴びましたね。
真っ赤な顔して怒鳴るんですが、その真っ赤だった顔が、どんどんどんどん色失せていって、気持ち悪いぐらい透き通るような真っ白に変わるんですよ。さらに怒鳴り続けて、その白がどんどんどんどん真っ青になってくるんですよ。さらにその真っ青な顔がどんどんどんどん真っ黒になってくるんです。もう完全に酸欠状態。チアノーゼ状態で、ようやく終わるっていうのが毎朝の日課でした。
なんで馬鹿野郎って怒鳴ってくるかというと、朝、女性におはようって声かけてくるんです。彼のお気に入りの女性、茶髪、ミニスカート、ロングブーツっていう。そういう女性が、おはようって返してくれることは100%なくて、無視されるか逃げられる。その女性の後ろに向かって馬鹿野郎って怒鳴りつけたテンションでそのまま施設にやってくる。これが毎朝でした。
施設でひとしきり馬鹿野郎って怒鳴ってたから作業を始めるんですが、朝だけじゃないんです。ときどき仕事をやりながら思い出すんでしょうね、だんだん声が荒立ってきて、関根の野郎とかって言ってるのが聞こえてくるんですよ。で、また僕の前にやってきてつかみかかって怒鳴る。みたいなのが日課でしたね。

あるとき、職員がどう止めさせるかを議題にして、なだめたり叱ったり罰したりとか散々やっても一つも成果が出ない。この施設に来る前からこの状態だったんで、いろんな人がいろんな試みをしていたので万策つきてると。その会議の中で、1人の職員が「これはアートだ。これは彼が街で繰り広げてるパフォーマンスだ」と。これをアートとして支援していこうじゃないかっていう発言がありまして。わかった。じゃあそれでいこうということで、次の日からまず職員が彼の家に自転車で迎えに行く。一緒に施設に行きながら一緒に女性におはようって声をかけていくっていうのから始まりました。
昼休みに平塚駅に行って彼に名刺を作らせました。誰だかわからない人に声をかけられても怖いので、誰が声をかけてるのかっていうのを分かってもらう、もしくは何かあったときに、うちの連絡先が書いてあるっていうことで、名刺をまず持ってもらってそれを配る、それに合わせてうちのパンフレットを配るというのを平塚駅等で毎日やりました。でね、パンフレットと名刺もってると勘違いして受け取ってくれるんですよね。
なんかそこでちょっとお話ができたりして、そんな毎日がありました。

映画の中で彼の手紙が壁一面に貼られてましたけど、あれは1年間の職員とのやり取りなんですね。彼、電話魔で。毎日夜、全職員のところに電話をかけてきて、電話口で馬鹿野郎って怒鳴る、ってのが日課でした。帰りも当然女性に無視されて家で馬鹿野郎ってと怒鳴ってそのテンションで職員に電話してくれる。その電話も、もうこちらからかけるから、かけてこなくていいよっていうことにして、彼は毎日職員にあの手紙を渡す。職員が毎日彼の家に電話をする、というやりとりの手紙でした。

場面写真 四角張ったシゲちゃんの字で埋まった紙 しげちゃんより は 9月 さとえちゃん 30日木 しげちゃんの家に電話をください

そんな1年で、彼もすぐ怒鳴るテンションっていうのは如実に下がっていきまして、そりゃそうですよね。声をかけたい女性に声をかけられるようになったわけですから、テンションがどんどん下がっていくのがわかりましたし、あれシゲちゃん休み?っていうぐらい静かな日が増えてきました。
1年のやりとりが終わって作品展やろうよっていうときに、彼の作品はこれだよねということで、女性に対するビデオメッセージと、彼、水着も好きで、それこそ、水着の何が好きかがよくわかりません。毎週海水浴場にも行ってたので、女性の水着姿見てたのかどうかよくわかりませんけども、水着とかスクール水着とか、いやマイナーなのが好きだったりするんですけどね。そんな毎日紙に書いてたりとかっていうのを作品展で飾って彼を連れて行ったら、ろくに見もしないで「ああそうか」って一言で帰って来ちゃいました。

場面写真 作品展のシゲちゃんコレクションの棚 真ん中に小さなモニター

ところがですね、その次の日。彼が僕のところにやってきて「もう手紙書く必要なくなったし、電話もいらねえよ」って言ったんです。そのやりとりは映画の中でも紹介されていて「なんで手紙書く必要なくなったの?」って聞いたんですけど、実際なんて言ったかな、手が痛かったとか、飽きたとかそういうだからやめた。みたいなね、僕はもっと違う答えを、もう満足したとか、職員よくやってくれたっていう答えを期待したんですけど、でもこれは彼だけじゃなくて、多くの利用者たちの絵の完成は、完成というよりは手が疲れたからやめるみたいな終わり方って結構多くてですね。あながち嘘ではないっていうか、正直な終わり方なのかもしれません。
そんな感じの彼のことを佐藤監督に話したら、それは面白いって言ってくれて、これは映画にできそうだっていうことで『まひるのほし』になったので、そういう意味ではシゲちゃんの映画と言っても過言ではないというふうに僕は思ってるんですけど。

「アート」とは、自分でも捉えられない自分

(桑山)最後の浜辺のシーンで、シゲちゃんが大きな声出した後に、ちょっとこれじゃあ、近所迷惑になっちゃうなって話してたシーンがあったんですけど、手紙だったりそういう一連をアートとして紹介したことがあったからそういうふうな意識になったのか、それとも、もともと周りに気遣ったりっていう意識があったのかなっていうのが、気になりました。

場面写真 浜辺 シゲちゃんが波打ち際で海に向かって叫ぶ

(関根)いや不思議なんですよ。大声に関してはね、たぶん近所迷惑になるなんて思ったことなく、大声で走り回ってたと思うんですけどね、
あの映画の最後のシーンでは、いやもう海だから思いっきり大声出していいんだよってみんなに言われてやっと出したけど、あ、まずい。みたいな表現してますけどね。でも彼ね、今までの話だと本当に単なる厄介者じゃないですか。ところが、ある日道で全く知らないおばあさんに、いつもシゲちゃんにはお世話になってて…って話しかけられて。いや、シゲちゃんは怒鳴ってるんですよ。さんざん町で怒鳴ってるときに、あるおばあさんから、シゲちゃんには毎日声かけてもらってるんですよ。ありがとうございますって言われたんですよ。彼、別な面ではそういうことができていたんです。挨拶を近所中にして回るみたいなね。そういう意味では、嫌がられてもいたけども愛されキャラではありますよね。騒ぐと手は付けられませんでしたけど。

(山上)圧倒的なキャラクター性と言いますか、映画ができることによってシゲちゃんが地域の人に、もっと知ってもらったり有名になったらいいんじゃないかっていうことは、まさにそういうところだなっていうのを、お話伺ってて感じました。

(関根) 神奈川県でスポーツ大会があったとき、何百人という障害を持ってる人たちが集まったんですけど、グランドの真ん中で、みなさーん!って怒鳴ったのはシゲちゃんだけだって。そんな自己紹介をしていたのはシゲちゃん1人だったって、これはすごく誇らしかったという職員の感想がありました。そういうキャラクターでしたね。本当に、自慢の利用者でした。

(山上)シゲちゃんは一昨年亡くなられたんですね。

(関根)そう、高血圧で。

(山上)関根さんにとって、シゲちゃんってどういう存在だったのでしょうか。

(関根)今の僕を作ってくれてる僕の福祉哲学って言えるものがもしあるとしたら、シゲちゃんが作ってくれましたね。本当に今、利用者に対してどういう支援をしていくのかとか、先ほども申しあげましたけどね アートって何?っていうときにどうしても「作品」に我々とらわれちゃうよね。そうじゃなくて、やっぱりその、彼らはこう、絵でもない。我々もそうだと思うんだけど、自分でも捉えようのない自分とかね、そういうものが表現されるっていうのがアートだと思うんですけど。
だからそれは叫び声でもいいし、書でもいいし、言葉でもいいし、表情でもいいと思うんですけど。そういうのがアートだと思う。
絵にとらわれてるんじゃないよっていう、福祉っていうのは、こういうのって言うイメージをぶち壊してくれたのがシゲちゃんでしたね。

場面写真 野球帽で自転車にまたがったシゲちゃん(西尾繁)

(山口)シゲちゃんって他にどんな作品を作ったのかなと思いました。この映画に出てた、自分の気持ちをいっぱい書いたり喋ったり、それをいろんな形で見せるっていうこと以外にも、作品はあったのかなっていうのをちょっと聞きたいです。

(関根) しげちゃんは(他には)書いていないです。ちょっと話変わるけどね。ある夏、3人女性が訪ねてきてくれて。若い女の子たちで、それもサーファーだって。色黒で、みんな茶髪で、タンクトップにマイクロホットパンツの女の人が3人来てくれて。シゲちゃんに道で挨拶されて、名刺渡されたんで来ましたって。僕すごくうれしくて。シゲちゃん、女の子たちが会いにきてくれたよって言ったら、しげちゃんは「あ、そうか」で終わっちゃったんですよ。
なんでかというと、シゲちゃんがやりたいのは、自己紹介なんですよ。自己紹介って初対面の人だけなんですよ。だから2度目や3度目の人に興味ないの。笑
シゲちゃんです、よろしくーって言いたいんですよ、初対面の自己紹介じゃなきゃ駄目というのが、彼のいいところでありましたし、僕は役得で、かわいい女の子たちと、こちらから声かける必要なく話せたという。ちょっと話はずれましたけど。笑


(持丸)ノリちゃんも同じ作業所ですよね。ノリちゃんはなんであんなに女性ばっかり書くんですか。

(関根)あの時期、ノリちゃんのマイブームは女性でした。

(持丸)あの時期だったんですね!

(関根)食材ばっかり描いてる時期とか、機械ばっかり描いてる時期があって。なぜかたまたま映画撮ってる時が女性の巨乳でしたね。笑
ノリちゃんに関しては別の逸話があって、結構彼女はいろんなところからオファーがあって、ある日、ある料理番組で、春は苺とか、夏はすいかっていう、季節っぽい食材を描いてくれたら120万の契約しますよって言われて。ノリちゃんに、どう?って聞いたら、描かないって。

(一同) 笑

(関根)食材は描いてたんですよ!スイカも描いたし、苺も描いたんですけど、その時は食材のブームじゃなかったんですよ。こういう潔さが彼らにはあるんです。お金に左右されない潔さ。

場面写真 ノリちゃんと、クレヨンでかかれた、青い肌と黄色い肌の女性、赤い肌の男性の3人の絵

(山上)今回短い時間ではあったんですけれども、やっぱりこの『まひるのほし』っていう作品自体が、今観てもすごく新鮮というかあの、古くならない作品だなって思いますし、改めて、きちんと見ていただきたいなと思う作品でもあるので、しばらくバリアフリー版で、いろんな人に見ていただける場をもてたらなと思っております。

何もしない、をやってみたい

(山上)関根さんは今、平塚で「studioCOOCA(スタジオ・クーカ)」という別の施設をやられていますね。

(関根)工房絵からクーカに移ったのはそれほど大きな意味はなくて、やりやすいフィールドに自ら移ったっていうだけの話なんですけど。福祉施設として、クーカとして何ができるかなって考えたとき、やっぱり生産性とか生産の中に障害を持ってる人たちをどう組み入れていくかってのいうのは課題でしたね。今も課題です。
ただ、いまCO2の問題、SDGsっていうのが言われ始めて、合言葉では多分終わらないと思うし、各企業、各個人が今後は真剣に取り組んでいくんだろうと思うんですけどね。生産性を求めてきた結果、ものが溢れてゴミになってCO2が作られてるわけですから、CO2削減するにはまず大量生産大量消費自体をなくしていかないと意味ないと思うんですね。70億人が8時間働いたら大変ですよ。CO2だらけになっちゃう。
で、我々職員が脅迫観念にかられて障害を持ってる人たちを働かせていますが、彼らは働かなくても全然怖くないんですね。だったらもう施設は仕事しない。一日ぼーっとしてて、空や雲見てたって面白いし、陽が沈むっていうのをじっくり鑑賞したら映画行く必要ないじゃないかとかね。それをまず体現できるのが僕は福祉施設や障害者施設じゃないだろうかと思っているので、まずうちは何もしないっていうところを突き詰めたい。
あと自給自足。コロナ禍って言われたってスーパーに行けばもう何でも揃ってる。じゃあその何でも揃えてるのは誰?って、誰かがどこかで牛や豚を殺して、血もついてないぐらい綺麗にパックして、並べてる人たちがいるわけでしょう。そこには我々は全く思いをはせずに生活できる。
もう少し我々は何もしない、誰かがで泥だらけになっているっていうのに思いをはせられるように自分たちでも野菜を採ってみるっていう施設にしていきたい、というのはちょっと今考えてるところですね。

(山上) ありがとうございます。皆さんもお時間あれば、平塚駅からすぐ近くで本当素敵な居心地のいい場所なので、遊びに行くと関根さんがいらっしゃると思うんでね。ぜひ足を運んでいただければなと思います。

ではでは皆さん、土曜日の夕方にありがとうございました!

(一同)ありがとうございました~!


●映画『まひるのほし』はこちらで配信中


●音声ガイド版を観てみたレポはこちら

●関根さんのスタジオ・クーカについて

◆GALLERY COOCA&CAFE
〒254-0042平塚市明石町14-8
tel:0463-59-9974
https://www.studiocooca.com/gallery-cooca
営業 : 平日 10:30-15:30
*土日祝はお休みです。展示の入替等で平日もお休みになる場合がございます。
*オープン日・平日のお休みについてはNews・SNSでご確認の上、お越しください。

●前回のパラブラ映画カフェの記事はこちら!



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