up-temp work 第一章了
それにしても、緑のスーツを着て行くことができる職業とは一体何だろう。一般的ではないように思えて美寿江ではないが、知りたくなり、
彼をチラリと見た。
ーーもう会うこともないだろう、ええぃ! 聞いちゃえ!
「あの、お仕事は何をされているのですか?」
カメレオンスーツへ直球を投げた。
すると、彼は『クスリ』と笑い、
一瞬俯いたかと思うと私をまっすぐに見据え、
「銀行員だよ」
ーー嘘つけ!
右手をポケットに入れながら、太々しく平然と言ってのけるその様子に、
危うく、声になりそうな言葉を飲み込み、体裁だけは繕う。
「そうですか」
またもや『クスリ』と笑うカメレオンスーツ。
「君とは、また、どこかで会いそうだね。いつかどこかで」
さらに、不敵な笑みを浮かべながら、しゃあしゃあと言ってのける。
ーーイーダ!もう会うことなんて無いですよう!
子供染みた様な、ストレートな言葉がそのまま出てしまいそうだと、
またしても、言葉を呑んだ。
まるで、見透かされている様な気がしたのだ。
カメレオンスーツの男性を尻目に私は、
「それでは〜」
軽い声で会釈をすると、
まだ迷う様子の美寿江の手を強引に引っ張り、店のドアを開けた。
美寿江も観念して笑顔で彼等に手を振っている。
グレースーツの男性は名残惜しそうな顔をして、
軽く手を振り返し、見送っている。
その彼の少し後方で、笑みを浮かべながら、
カメレオンスーツの男性は、悠々とゆっくり頭を軽く下げた。
一部始終を見守っていた、店のマスターはカウンターの奥で、
微笑みを浮かべ私たちを見送っていた。
そして、私の目の前からは、重厚な店のドアが閉まっていった。
翌日、美寿江からメールが届いた。
内容には.....
帰宅が遅く心配して叱られたけれど、美寿江が今までの不満をぶつけて、
家を飛び出してしまったことを、理解を示した旦那さんのこと。
二人の蟠りが溶け、仲直りをしたことが書かれてあった。
そして、あの夜のことも.....。
「いつか、また、偶然にあうことがあったら面白いね」と添えてあった。
第一章 了
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