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up-tempo work 始動 第三章

 ーーどうしよう
いくら考えても状況が変わるわけではない。

冷えたカップを俯いて眺めていると、
ふと、コーヒークリームの上に、ぽっかりと浮かびあがる顔。

ーーそうだ、彼はどうしているのだろう。

関連会社へ勤務している、幼馴染でもある桜樹を思い出した。

電話してみよう、何かいい策でも思いついてくれるかもしれない。
何しろアイツは機転が利く。

桜樹の顔を思い出した途端、明るい気持ちになった。

 あたり一面、何も見えない真っ暗闇の中、隙間から差すドアの光を見つけた気分だ。それはまさに大袈裟なほど今の私には「一筋の希望の光」に思えた。

わずかな希望にすがろうと、俯いていた顔をあげ、急いで店を出ようとした。
 すると、「りこちゃん、どうしたの〜、お勘定忘れてるよ」余程、慌てたらしい。
「明日、明日払うから、ごめんなさ〜い」

 店のドアを急いで開け足早に出ていくりこを、マスターはやれやれとコーヒーカップを下げながらも、微笑んで見送っていた。

Ryo Mashiro

※ Photo by 涼


「ただいま〜」
息石切って、勢いよく玄関のドアを開けた。

「お帰りなさい、ご飯できてるわよ」
母はフライパン片手に、
キッチンの開けっぱなしのドアから顔を覗かせている。

ーーご飯はわかるけれど、今、それどころじゃないのよ。

家へ着くなり、自分の部屋へ階段を駆け上った。

部屋に入ると下の階に声が漏れないよう、
ドアがしっかり閉まっていることを確認してから、
携帯を取り出し『沢田桜樹』の名前を探した。

ーーあった、あった!出てくれるかな......

 久しぶりにかける電話は、いくら幼馴染でも緊張する。
半年、いや、もっとかな、心音は高鳴る。
意外にも早く3コール目で、懐かしい声が聞こえてきた。

その声に私は、ホッ安堵した。

「久しぶりだね、どうした?何かあったの?」
「電話しただけなのに、
どうした?って何で、何かあったかとわかるの?」

「そりゃ、りこが自分から電話かけてくる時は、困った時だけだからね。で、何?」

 私は桜樹のよく知る会社に入社が決まったこと、
営業にまわされたこと、
そして、苦手な上司「大竹」の部下になったことを、
できるだけ落ち着いて手短に伝えた。

「大竹」の名前を伝えたのは、桜樹と同じ営業だからだ。
もしかしたら、聞いたことがあるかもしれないと思ったのだ。

「そりゃ、大変だな、大竹さんか」
「知ってるの?」
「知ってるよ。
あれだけの人知らないわけないじゃない」

「あれだけの人?そんなに有名なの?」

「有名ってさぁ、変な言い方だな。
だけど、まぁ、ある意味目立つよね。
彼はとても仕事できる人だよ」

「へぇ......」

大竹が仕事できる?......意外だった。

それも、幼馴染の桜樹だって入社してから、それほど経ってもいないはずなのに、即、応えられるほど、大竹を知っていたということにも驚いた。

「で、桜樹はどうなってるの?」
「俺?うん。そりゃぁ、色々あるさ」
「でも、優しそうな先輩と一緒に同行しているの、この間見かけたよ」

「あゝ、佐藤さんね、彼は優しいよ。だけどね、りこ。いいかい、仕事については、彼だって普通に厳しいんだよ。仕事はりこが考えるほど、甘くなんかないんだよ。佐藤さんに付いたのはありがたかったけれどね。
いい勉強させてもらってるよ」

口調は優しいが手厳しい。

「そう......」

「りこも、我儘言わずに、まぁ、がんばってみろよ。
大竹さんに、もし、万が一ついて歩けたなら、その後は一人前だと言われることは間違いないと思うよ」

「じゃあな、頑張れ」という言って、あっさりと電話を切られてしまった。

ーー桜樹も知っていて「大変だな」って言ってくれるなら、もう少し同情してくれたり、慰めてくれてもいいのに、

わざわざ、自宅に帰って電話したのだって、少しは『久しぶりだね』とか、
積もる話もあるかと思ったのに、あっさり切っちゃうしさ。
それに、学生の頃の彼じゃないみたい。

あゝ『いい策』も言ってくれるかと期待したのになぁ。
折角電話したのに期待したものは何もなく、おまけに、子供扱いされ軽くあしらわれて、気落ちしちゃうなぁ。


 すると、下から母の声がする。

「りこ〜何してるの〜、ご飯冷めちゃうわよ」
「はい、はい。今、行きます〜」
不貞腐れるように母の声に応えた。

何だか、スッキリしないけど、ご飯食べないと余計な心配かけちゃうからなぁ。

ーーそれにしても、明日、会社どうしよう。

私は口を尖らせたまま、下の階へ降りて行った。


(つづく)



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