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荻窪、石神井で鰻を

 小説家・井伏鱒二の作品の中では、しばしば実際の飲食店が登場する。阿佐ヶ谷文士たちの会合が度々開かれた中華料理店「ピノチオ」、荻窪のおでんの「おかめ」(「荻窪風土記」)や、東銀座の小料理店「はせ川」(「太宰治」)のように。はせ川は檀一雄の「太宰と安吾」では「はせがは」と書かれているが、ここで檀一雄は井伏鱒二と飲んでいた坂口安吾と初対面をはたす。  惜しいことにいずれの店も残っていない。今だって、村上春樹がいきつけだった喫茶店があると知ったら、ファンなら存続を願うだろう。 

    • 石神井の花だより

       十月が終わりに近づいても、都内では三十度に迫る日もあれば、翌日には十度近くも気温が下がるなど気候が落ち着かない。人間の体調管理も大変だが、こうなると、野の花の咲き時を知るのが難しい。  私が参考にしているのは「都立石神井公園」の「X(旧Twitter)」だ。植物に限らず、鳥や虫、四季折々の園内情報が大変充実している。  石神井公園のA地区野球場南の敷地は、春になるとソメイヨシノが美しい。テーブルもあって、花見の時期は人気が高い。Xによると、最近の暖かさに勘違いしたのか、桜

      • 三たび、石神井で「銭湯」を

         石神井で「豊宏湯」、「たつの湯」に行ってから、三たびの銭湯であった。突然、銭湯に凝り始めたわけではなく、ファンである作家・開高健のことで、自分は思い違いをしていたのではないか、気になったからだ。  開高健の「ずばり東京」は、来るオリンピックに沸き立つ1960年代前半の東京を取材したルポルタージュだが、その中の一篇「練馬のお百姓大尽」に、「富士見湯」という銭湯について触れた一節があった。  開高が「駐車場つきのすごい銭湯が練馬にある」と知り、行ってみると、「なるほど畑のなか

        • 石神井と練馬の「BAR」

          「BAR」に定義があるか分からないが、まずは洋酒がメインということなのだろう。新宿のゴールデン街で四十年以上続くバーがあったが、食事も美味しかった。「食べログ」では「居酒屋」になっているし、雑誌に出た時は「スナック」になっていたが、ママさん本人はどう思っていたか。コロナの時期に店は休んでいて、明けてすぐにママさんは病気で倒れ、昨年、惜しくも閉店してしまった。その店で知り合った常連さん多数。とても寂しい。  そこでの知人から教えられた店のひとつが「江古田コンパ」だ。西武池袋線

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          再び、石神井で「銭湯」

           記録をたどってみると、石神井の「豊宏湯」に行ったのは2022年の秋であった。豊宏湯は西武池袋線の石神井公園駅から南口の商店街に入り、少し進んだ先にある。高架になって面目を一新した石神井公園駅だが、急行の停まる駅のそばに、昔ながらの銭湯があるというのも珍しいのではないか。場所は少し分かりにくいが、ファミリーマートのほぼ向い、住宅や店の隙間から煙突が見える。  その日はサービスデーで、入浴料金が通常より安く、「よもぎ湯」を実施していた。今回、ペンキ絵や仕切りのタイル壁もじっく

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          石神井と電動キックボード

           報道によると、石神井公園駅にも今年度中にホームドアが設置されるそうだ。今のところ何の兆しもないが、今後、駅の様子も違って見えるだろう。  変化する石神井を書き残すためにnoteを更新している。一方、半世紀以上住んでいる地元住民にとっては、昨今の駅前の再開発程度は些細な変更と感じているのかもしれない。これまで高い建物がなかった石神井に、地上33階建てのマンション「ピアレス石神井公園」が出来たのが2002年。線路の高架化の完了が2015年。石神井公園駅周辺に絞っても、住み始めた

          石神井と電動キックボード

          石神井と失われた川

           八月終わりに発生した台風の進路は、関東からみれば西にそれたものの東京でも連日の大雨。あまりの雨量に傘が役に立たず、ずぶ濡れになることもあった。地名の中には災害リスクを想起させるものがあるが、その通りなら「渋谷」も「池袋」も住めない。石神井の「井」なども水に関係ありそうだ。今回は石神井川で大きな被害はなかったと思うが、現在のように護岸工事が施されてなければ、どうなっていただろう。雨にたたられ、ずぶ濡れ程度であれば幸いとも言える。 『失われた川を歩く 東京「暗渠」散歩 改訂版

          石神井と失われた川

          石神井に「農園レストラン」があると

           西武池袋線・石神井公園駅南口の近く、建物の三階に「久保田食堂」という、人気のイタリア料理店がある。メニューに「石神井の旬野菜」のことばがあるとつい選びたくなるが、その日も頼むことにした。  2022年1月増刊の「東京人 石神井界隈を楽しむ本」には、オーナーシェフの久保田孝一さんのインタビュー記事が載っている。店の前に庭のある、いわゆる「農園レストラン」で働いた経歴をお持ちで、今も積極的に地元の野菜を使われているそうだ。   練馬区土木部公園緑地課が発行した「みどりと水の練

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          高架と「石神井茶房 シュベール」

           今年夏、西武池袋線の石神井公園駅から大泉学園駅に向かう高架下に広場がオープンし、イベントが開催された。新しい広場には植栽スペースがあり、ポンプを押すと高架に集まった水が注ぐ。備え付けのベンチには2020年に閉園した「としまえん」のヒマラヤ杉が使用されている。  辺りは住宅街で、赤提灯のかかる飲食街は今後も難しそうだ。近くでは「外環の2」による道路の建設が予定されているが、この先どういった姿えを見せていくのだろうか。   桜台駅ー石神井公園駅間の高架化が決定されたのは197

          高架と「石神井茶房 シュベール」

          石神井と100メートルプール

           日本気象協会では最高気温40度以上を「酷暑日」としている。気象庁の用語である気温35度以上の「猛暑日」では、説明がつかなくなっているのだろう。「地球温暖化」ではなく、国連のグテーレス事務総長いわく「地球沸騰化」。最近の東京は豪雨や雷が非常に多く、何だか恐ろしい。  石神井池(ボート池)と三宝寺池の間、井草通り沿いに「石神井プール」がある。ここは50メートルの夏季限定の屋外プールだ。「ふるさと文化館」に併設され、通りからは見えないようになっている。石神井公園駅からは遠い一方

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          石神井で「面食い」

           久住昌之著「面(ジャケ)食い」(光文社 刊)を読んだ。「孤独のグルメ」の原作者として有名な方だが、「面食い」とは、「なにも調べず、己の勘だけを頼りに店に入って食べること」だとしている。レコードの「ジャケ買い」を踏まえた言い回しになるが、「孤独のグルメ」の主人公・井之頭五郎の姿が思い浮かんできた。通常のグルメガイドとは違うから、氏の魅力あってこそ、成立する本にちがいない。 「面食い」は新聞や雑誌の連載に加筆されたもので、全国の飲食店が登場する。有名店に限らないのは企画の趣旨

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          「外環の2」の中の石神井

           西武池袋線・石神井公園駅南側の再開発では、以前からある建物はあらかた撤去されてしまったようだ。神社と桜の木もどうなっていることやら、白い塀に囲われ、中の様子は分かりづらい。  再開発では高層ビルが予定されている。テレビニュースにもなった先日の裁判では、「すでに高い建物が二本あるので、今さら増えても問題なし」ということらしい。練馬区の今のトレンド(?)は「高く、高く」のようだが、最近は「外環の2」の掲示板を以前よりも街中で見るようになった。「広く、広く」の話まであるのだ。

          「外環の2」の中の石神井

          石神井で「灯篭流し」

           今年の夏も記録的な暑さが続いている。気温が体温より高い日は珍しくない。各地でオーバーツーリズムが問題になっているが、こんな日本に「よくぞ来てくれた」と感心してしまうほどだ。 「石神井松の風文化公園」の敷地内に、アメダス練馬観測所(練馬地域気象観測所)がある。空高く伸びるプロペラの風見鶏が特徴だが、連日の暑さに風見鶏もうんざりしているのではないか。昔から練馬区は涼しい海風が流れにくい。今の都心は建物の建設ラッシュで、この傾向はますます進むからして、練馬区長は他の区に苦情のひと

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          「しもしゃく祭り」と千川上水橋梁

           西武池袋線・東長崎駅の周りには商店街が広がっている。中でも北口から椎名町駅方面に向かう通りでは、何十年も前は青果店、鮮魚店から「いらっしゃい、いらっしゃい」と威勢のよい掛け声があがったものだ。  平成になって商店街の先に「東急ストア」がオープンした頃、これで個人商店は壊滅だろうと考えたが、ずっと並走し続けてきた。今は豊島区の「まちづくり」の一環で店が立ち退き、付近はがらがらになっている。  古い木造住宅が多かったし、道路も狭い。防災性の向上と居住環境の改善を目指すようだが、

          「しもしゃく祭り」と千川上水橋梁

          石神井で「めんそーれ」

           人それぞれ印象は違うのだろうが、「湘南」ということばはエリアを指し示す以外に文化圏でも使われている。自分ならまず江の島が思い浮かぶが、鎌倉は湘南に含まれるのだろうか? 湘南を代表するアーティストのサザンオールスターズに「KAMAKURA」というアルバムがある。相模湾に面するところ全域というのは無理があるし、諸説あるようだ。コロナで行きづらい時期もあったが、今はインバウンドで混んでいるので、その湘南から足が遠のいている。  湘南同様、「武蔵野」もエリアの境が判然としない。「

          石神井で「めんそーれ」

          石神井と「蛙の詩人」草野心平

           2023年の1月から3月、「石神井公園 ふるさと文化館」では「みんなの校歌」(練馬区編)という企画が催された。間もなくコロナが五類に移行するという時期にあたり、正直、「地味ではないか」と思った記憶がある。歌詞に焦点をあてた展示であったが、「みどり」「武蔵野」というワードが多く、練馬の学校ならではのことだろう。  そこでも取り上げられた草野心平(1903~1976)は、福島県出身の詩人であるが、戦後の一時期、石神井にも住んでいて、練馬区内では四つの校歌を作詞している。もっとも

          石神井と「蛙の詩人」草野心平