ちょっと考えれば、ちょっと想像すれば、気づけたかもしれない
高校入学。出席番号が前後だったことで友だちになったTちゃん。
Tちゃんはパソコンのタイピングがめちゃくちゃ早かった。完全なタッチタイピングで、特長はタイプするときの音がほとんどしないことだった。だいたいの人はパチパチパチターン!(エンター!) って具合だと思う。わたしもそうだった。しかし、Tちゃんはほぼ無音のタイピング。スススス... とタイプする。それを見て、わたしもこんなふうに美しい打ち方をしたいと思った。憧れだった。
Tちゃんは明るくお茶目な性格で、陰キャのわたしにとって安らぎだった。絵を描くのが好きだったことが共通点で、よくイラストを交換していた。
高校2年生になって文系理系にクラスが分かれるとき、わたしは理系へ、Tちゃんは文系へ進んだ。クラスが離れても、お昼は一緒にお弁当を食べた。
そんなTちゃんは痩せていて、体が弱かった。よく風邪をひいて学校を休んだ。
*
2年生の冬。Tちゃんがまた風邪をひいたらしく、学校を休んだ。
1週間後、Tちゃんは登校してこなかった。
風邪ではなく、インフルエンザだったのだろうか。わたしはそう思って、Tちゃんが元気に登校してくるのを待っていた。まだ、みんながみんな携帯電話を持っていない時代だった。Tちゃん自身と連絡をとる手段は固定電話、あるいはパソコンのメールしかなかった。
しかしTちゃんのことを聞くなら、まず先生に聞いてみる方が早いだろう。わたしは先生に登校してこないTちゃんについて聞いてみたが、体調が悪いとしか先生は言わず、結局よく分からないままだった。
*
3年生になった。Tちゃんは、ずっと休んだままだった。
おかしい。なぜTちゃんは学校に来ないのだろう。先生に聞くと気まずい空気になった。体調が悪い。それだけしか分からなかった。答えにくいことなのかと思い、しょっちゅう聞くことは止めた。
受験生。目の前の勉強に集中しているうちに夏休みが過ぎ、運動会、文化祭が終わり、気がつけば冬。大学センター試験、二次試験と次々に試練が始まって終わっていった。卒業間近になってもTちゃんは学校に来なかった。1年経っていた。
そんなある日の昼休み。Tちゃんと小学校からの友人Aちゃんが、わたしに話しかけてきた。『Tちゃんの事なんだけど。』人のいないところに移動して話を聞いた。やっとTちゃんの身になにが起こったのかが分かった。
『Tちゃんね、入院してたんだ。インフルエンザにかかって半年間意識不明だったんだよ。今は退院して元気。でも、記憶喪失みたいになってるんだって。わたしも最近聞いたんだ。パジャマさんにも伝えた方がいいなって思って。』
入院してたんだ。しかも、意識がなかったなんて。記憶喪失だなんて。そうだったんだ。大変だったんだね。
今は元気。良かった。本当に良かった。... 会えるかな。会いたいな。
*
わたしは高校を卒業した。Tちゃんとは一緒に卒業できなかった。
大学入学までの春休み。どうしてもTちゃんに会いたくて、ダメ元でTちゃんのパソコンにメールを送った。「高校で友だちだったパジャマです。もし良かったら会いませんか?」
翌日、Tちゃんからメールが返ってきた。
『いいよ。会いましょう』
やった! Tちゃんに会える! わたしは嬉しくてたまらなかった。日曜日に映画を観に行くことに決めた。
1年以上会っていないTちゃん。わたしは舞い上がっていた。早く会いたかった。映画館前で待っていると、向こうから同い年くらいの女の子と、その子のお母さんらしき人がやってきた。わたしの方に近づいてくる。
『パジャマさんですか?』
... あ、ああ、ああ、Tちゃんだ。
わたしは声を聞くまで、Tちゃんだと気がつかなかった。だって、容姿が全然違っていたから。壮絶な1年だったことが想像できた。
容姿は変わってしまっても、声や仕草はTちゃんだった。私は聞いた。「久しぶり。わたしの事、覚えてる?」Tちゃんは泣いていた。そして、手を握ってきた。Tちゃんのお母さんも泣いていた。
*
2人で映画を見た後、カフェでお茶をして、Tちゃんの家に行った。Tちゃんはわたしに『高校で私は何をしてた? どんなことがあった?』と、しきりに高校時代のことを聞いてきた。どうやら、中学生までの記憶はあるが、高校に入ってからの記憶がないようだった。わたしは「無理に思い出そうとしなくてもいいんじゃない? 思い出すときは、何かのはずみでパッと思い出すんじゃないかな」と、はぐらかした。思い出そうとするTちゃんがとても苦しそうに見えたから。
その日、帰宅してわたしは猛省した。
わたしには想像力に欠けたところがあった。「Tちゃんに会いたい」という、自身のエゴのみで行動していた。映画館前でTちゃんと再会したとき。お母さんがついて来ていたことに、その時は「なぜお母さんがいるのだろう」と思った。しかし、よくよく考えればTちゃんはわたしの事を覚えていなかった。つまりTちゃんにとってわたしは【顔が分からず、どんな人間かも分からない、メールを送ってきた自称友人】だったのだ。おそらく、わたしに会うのは恐怖だっただろう。勇気がいっただろう。だから、お母さんが付き添ったのだ。
Tちゃんに対する配慮がぜんぜん足りていなかった。ちょっと考えれば分かることなのに、わたしは久しぶりに会える気持ちが暴走していた。冷静ではなかった。そんな自分が情けなくなった。
それからわたしは、こう思った。わたしと会うとTちゃんは覚えていない高校時代に苦しんでしまうのではないか? それならいっそのこと、忘れたままの方が楽なのではないだろうか。Tちゃんとわたしは友だちだった。それを、わたしが覚えていればいいのだ。Tちゃんのためにも、もう会わない方がいいのではないか?
そうして18歳のわたしは、Tちゃんとの連絡を断った。
*
あの日以来、わたしはTちゃんと会っていない。わたしの手元にはTちゃんからの手紙が残っている。高校で毎日会っていた時、交換日記のように手紙を書き合っていた。もちろんイラスト付きだ。
素敵な出会いだった。けれど、35歳のわたしはあの別れ方に少し後悔している。
Tちゃんのために会わないと決めた… いや、違う。それは方便だ。Tちゃんのためじゃない。わたしのためだ。わたしが苦しかったのだ。ちょっと想像すればよかったのに、頭が回らなかった自分に後ろめたさを感じた。Tちゃんと会うことで、わたしが辛くなってしまう。それが嫌だった。過去のことを聞かれるのも意外とストレスだった。
だから わたしは、Tちゃんから逃げたのだ。
聞いたところによると、Tちゃんは中退して違う高校に再入学したそうだ。Tちゃんが楽しい高校生活の思い出を紡いでいてくれたらと願っている。
*
少しだけ、想像してみる。 少しだけ、考えてみる。あなたとわたし、お互いに「良かったね」って軽やかに笑うことのできる未来を、わたしは引き寄せたい。
(おわり)