縁が追いかけてくる
父は今までにも何度か職場を変えた。そのたびに実家は引っ越した。私が実家を出てからも実家は引っ越したから、実家なのに実家じゃない、実家とは…?という状態になっていた。
さて、また実家が引っ越すことになった。関西になるらしい。定住地としては、関西初上陸になる。
はじめての関西への帰省。東海道新幹線で関東から向かう。窓越しに、今まで住んでいた土地や、かつて働いていた場所が見える。あぁ、懐かしいなあ。いろいろあったなあ。時速280kmで思い出が過ぎていく。
新大阪駅へ到着した。ここから在来線へ乗り換えだ。仕事で1度だけ新大阪駅に来たことがある。あのときは、私はまだ前の会社入社1年目で、乗り換えとか全然わからずに部長について行くだけだったなあ。5年くらい前になるのかあ。
さて、私が行くべきは何番ホームか。あぁ、コンコース奥だ。…そういえばあのときも、新幹線乗換口から在来線ホームへは、結構歩いた気がするな。懐かしい。
時間どおりにやってきた在来線に乗り、ゴトゴト揺られ、私は景色がゆっくり流れるのをボーッと見ていた。
突然
目の前に、見たことのある建物が現れた。
仕事で関西へ来たあのときに、一度だけ訪れた場所。
え … ええ―――――!!??
コンコースを歩くときに、なんとなく懐かしさを感じたけど。なんだ、そういうことだったんだ。まったく同じ光景だったんだ。この在来線、初めてじゃなかった。乗ってた。乗ってたわ!!
瞬間、23歳に記憶が飛んだ――――
実家のある駅に着いた。あの建物からは、ひと駅しか離れていない。私は青ざめたまま、駅のホームに降りた。
めっちゃ近いじゃん、あの場所と。もう二度と行くことはないだろうと思っていたのに。こういうことって、あるの? これから帰省するたびに目に入ってくるのか。ああ…
苦しかった。
楽しかった。
恥ずかしかった。
嬉しかった。
逃げたかった。
負けたくなかった。
社会人になって間もないペーペーの頃に、大きな大きな、かけがえのない経験をさせていただいた場所があった。ずっと私の履歴書に書き続けるだろう大切な経歴。深く刻まれた、記憶。
忘れるな。
忘れるなよ。
あのときの自分の気持ちを。
あのとき支えてもらった人たちのことを。
忘れるな、あの学びを。
あのご縁を。
そう言われている気がした。
はじめて降り立つホームで、私は肩を丸くすぼめた。