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いつか帰るところ|山里

わたしには、ふるさとと呼びたい場所が2か所ある。ひとつは瀬戸内。もうひとつは中国山地だ。今回は中国山地のほうを書こうと思う。

父方の祖父母の家は広島県と島根県の県境にある。中国山地のど真ん中、谷にある小さな集落。若者が少なく高齢者が多いTHE・田舎だ。そこには、ご先祖様が眠る墓地があり、田畑があり、本家がそこを守っている。

わたしは物心ついたころから祖父母の家によく行っていた。ドライブが好きだった祖父は、わたしを車に乗せて田舎へ帰った。わたしはかなりのおじいちゃん子だった。祖父と一緒に同じ布団で寝た。祖父はいつもお寿司を買ってくれた。たくさんお菓子を用意してくれていた。

小学校に上がってからは、夏休みと冬休みは必ず祖父母の家に行って過ごした。祖父母の家の目の前は小学校で、夏休みはそこに通う数少ない子どもたちがラジオ体操をしていた。わたし弟妹もそこに交じって体操をした。ある期間だけ「ラジオ体操に来ましたスタンプ」が違うことに、毎年特別感を感じていた。

祖父母の家の近くには牛を飼っているところがあって、牛舎は臭いということを覚えた。
祖父母の家の近くには小川が流れていて、たくさん生き物がいた。メダカやハヤやタガメがいた。川魚たちと一緒に泳いだ。

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山にも生き物が色々いた。イノシシは収穫間際の米田を荒らし、畑の野菜を狙ってタヌキの親子が山を下ってきた。熊が出たと噂が流れれば、鈴を持たされた。真っ白なテンが家の下に潜っていく姿や、シカの親子が舗装された県道を横切って山へ帰っていく姿を目撃したこともある。夏は畦道を歩くと足元でカエルが一斉に飛び跳ねた。夜はカエルの合唱と蛍の光。オオサンショウウオは岩陰で息を潜めてジッと動かなかった。祖母には「オオサンショウウオに手を噛まれたら、雷が鳴るまで離してくれんから気を付けんさい」と、耳にたこができるくらい言われた。
ある日は屋根裏になにかしらの獣が入りこんでガリガリと音を立てるものだから、ほうきの柄で天井を突いて追い出した。
押し入れから布団を出すと、布団と一緒にムカデが出てきたこともあった。

オニヤンマはなぜ黄色と黒なのか、指先にとまった姿をまじまじと観察しながら想像し、カエルがいる場所にはなぜヘビがいるのか、食物連鎖のことを考えた。山奥には恐ろしく強い動物たちがいるから決して行ってはいけないと畏怖の念を抱いた。

山里は静かだった。車はほとんど通らないし、人は少ない。歩いていても誰にも会わない。友だちもここにはいない。

わたしは長女で、最初の子どもということで両親の期待を大きく背負っていた。両親にとっての理想の子育てにおける挑戦的実験はわたしが被験者だった。弟妹ができてからはお姉ちゃんということで彼らにとっての模範生であり続けた。家族の中のヒーローのように、背伸びをして頑張っていた。いつも何かに追われる悪夢をよく見ていた。

ところが祖父母の家に行くと、大好きな祖父がありのままのわたしを許してくれた。わがままを言ってもよかったし、存分に甘えることができた。祖父が近くにいれば、両親や祖母に対して口答えができた。自分を抑圧しなくてもいい安全な場所を祖父は与えてくれた。自分の好きなことを気兼ねなくのびのびと出来た。

田舎に帰ることで、わたしは心身のバランスを保っていたんだと、今になって思う。

新卒で入社した会社で、わたしは汗水たらして働いていた。家に帰ったら泥のように眠る日々。会社から家までどうやって帰ったか分からない、気が付いたら家のドアの前だったといった感じで記憶が吹っ飛ぶこともあった。帰宅時に日付が変わっているのにも慣れてしまった。土日はずっと寝ていた。

そんな会社で最も忙しかった日。わたしは新企画立ち上げのリーダーとして、翌日の本番に向けて1日リハーサルを行っていた。深夜3時に出社。今日は何時まででも残業して今日の反省と明日の準備をしようと必死になっていたにもかかわらず、時計を見た瞬間「あ、帰らなきゃ」と思った。夜7時半だった。急いで帰宅したら、父が慌てて家中をバタバタ歩き回っている。様子がおかしい。

「じいちゃんが死んだ。」

大好きな祖父が亡くなった。すぐに田舎へ向かった。仕事なんて、明日の本番なんて、まったくどうでもよかった。

祖父母の家には朝方到着した。
祖父は冷たく白くなって仏間で眠っていた。大好きな祖父の死を目の前にしても、悲しいという感情が湧いてこなかった。あまりにハードな毎日で、自分の感情を忘れてしまっていた。わたしは完全に疲れていた。

とりあえず、わたしは犬の散歩をしに、家の外へ出た。
子どもの頃からほとんど変わっていない山里の風景。澄んだ青空と山の深い緑のコントラストが鮮やかな、しんと静まり返った9月の朝だった。

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子どもの頃から慣れ親しんだ風景をぼんやりと見ながら、山里の空気を吸いながら、ゆっくりゆっくり歩いていると、せわしなかった毎日が急に非現実的に思えてきた。だんだんとわたしらしさが蘇ってくる感覚。自然に囲まれて、ゆったりとした時間を味わうことの方が現実なんじゃないだろうか。わたしは今まで一体なにをしていたんだろう...
そして、上からスーッと、ある感情が降ってきた。

わたしはいつか必ずここへ帰ってくるんだな。

わたしがわたしを思い出す、安心して過ごせる場所。大好きな人が暮らしていた匂いの残る大切な場所。愛されていた思い出が詰まった場所。

散歩から帰って、少しだけ泣いた。
ここが、わたしのふるさとだ。


(おしまい)