ナツノキセキ#5

翌朝、朝の陽ざしに照らされて目覚めると意外と頭はすっきりしていた。

少し考えすぎていたのだろうか。

もう覚えているとか覚えていないとかではなく、今目の前に現れた優花に

真摯に向き合ってみようと、そう思い始めていた。

彼女は知っていて僕は知らない。そんな奇妙にも見える関係に魅了されているのかもしれない。

祖父の家の片付けも終盤にかかっていた。もうほぼこれで片づけは終わりだ。

そして一息ついたときふと昨日の優花の言葉が頭をよぎった。

―私ね、おばちゃんの店で売ってるラムネが子供の頃大好きだったの

ラムネか。今も売っているのかな?

そう思い立つと僕は商店へ向けて歩き出していた。

「こんにちは」

と僕が呼びかけると店の奥からおばさんが出てきた。

「あら冬弥ちゃんいらっしゃい。どう片づけは進んでる?」

「はい。想定よりも早く終わりそうです」

「それは良かった。私も店がなかったら手伝いに行ってあげられるのにねぇ」

「いやお気持ちだけで結構です。ありがとうございます」

少しの談笑の後、僕はそれから本題を切り出した。

「あの、おばさん。ラムネって置いてますか?」

「ラムネ?ああ、あるわよ」

そういうとおばさんは奥の冷蔵庫の中からラムネを取り出した。

「そしたら2本もらえますか?」

僕がそう言うと

「あらあら冬弥ちゃん、若いからってあまり飲みすぎたら駄目よ」

とおばさんは諭すような口調で僕に話した。

「いや友達と一緒に飲みたいので」

と答えると

「本土からお友達が来るの?」

と尋ねられた。

「いや、島の友達ですよ」

「あら、島に冬弥ちゃんのお友達なんていたかしら?」

おばさんは不思議そうに続けた

「なんていう子?」

「優花ちゃんですよ」

僕はそう答えた。しばしの沈黙がつづいた後

しばらくしておばさんはこう続けた。

「そうだったのね、じゃあラムネ2本で200円ね」

少し他人行儀なおばさんに僕は200円を渡した。

「ありがとうございました」

そう言って商店を後にした僕の後ろ姿におばさんが話しかけてきた。

「そういえば島の喫茶店のマスターが冬弥ちゃんに会いたがってたわよ

 もし時間があればいってあげてね。マスターも喜ぶわ」

そう言い残すとおばさんは店の中へ足早に戻っていった。

―喫茶店のマスターか

この島には一件だけ喫茶店がある。そのマスターが入れるコービーが

絶品ということもあり島民からも長く愛されている。僕は飲んだことがないが。

実は祖父と喫茶店のマスターは2廻りほど年が離れていたけれど

とても親しい友達であり子供の頃は毎日のように連れて行ってもらったことを思い出した。

専ら子供だった僕は毎回メロンソーダを頼むのが楽しみだったりした。

そういえばマスターにも挨拶しないとな。祖父のことも報告するべきだろう。

明日にでも喫茶店へ行ってみるか。そう思いながら家路につく。

そろそろ約束の12時が近づいてくる。優花が来る時間だ。

「冬弥くーん来たよー」

いつもの大声。優花の声だった。

「おはよう、優花。今日はどこへ行くの?」

僕はそう尋ねると

「今日はね秘密基地にいくんだよ!あの景色を見ればきっと冬弥くんも思い出すよ!」

そういうと優花は僕の手を引き歩き出した。

優花の早い足取りに引っ張られる僕。

この雰囲気に不思議な心地よさを感じはじめていた。

優花が進んだ先にはこの間見た山道だった。もちろん僕は覚えていない。

その山道の先には秘密基地があるのか。そう考えると何だか楽しくなってきた。

何も覚えてないけれどまるで子供の頃に戻ったような感覚だった。

山道は意外と険しい。もちろん舗装などされていないし簡素な木の棒が等間隔に並んだ

階段らしきものしかない。そんな中どんどん優花は進んでいった。意外と体力あるんだな。

しばらくすると開けた場所に出た。そしたら優花が

「着いたー」

と大声で叫んだ。

そこには島全体が見渡せる展望台が広がっていた。海、山、街並み、全てがそこにはあった。

この島で一番高い場所なのか全方向から島を見渡せるまさに絶景だった。

「これはすごいな」

と僕が呟くと遠くのほうから優花の声がした。

「冬弥くーん。はやく秘密基地においでよ」

振り返ってみると展望台の隅に屋根のついたベンチがあった。

なるほど。子供の考えそうなことだ。確かに秘密基地だな。

僕は声のするほうへ吸い寄せられるように走り出していた。

「ねぇ冬弥くん。思い出してくれた?」

期待の眼差しを向ける優花に対して

「ごめん。やっぱり思い出せないや」

「そっかー残念だなーじゃああの約束も覚えてないんだー?」

と優花が続けた。

「あの約束って?」

「冬弥くんがね将来大きくなったら私を迎えにきてくれるって約束したの」

そんな約束してたのか。子供時代の僕は。それってほぼプロポーズじゃないか。

「そうだったんだ。じゃあ約束は守れたね」

と僕が話すと

「もう!本人が約束忘れてるんじゃ意味ないじゃない!」

と笑いながら返す優花。

そんな中僕はカバンから得意げに例のものを取り出した。

「実は今日はプレゼントがあるんだ。はい。ラムネ」

すると優花は目を光らせながら

「わーラムネだー冬弥くんありがとう!私コレ大好きだったの」

「じゃあ乾杯しますか」

二人でせーのでカンパーイと祝杯をあげた。

「うわーやっぱ久しぶりに飲むとやっぱりおいしいね。このシュワシュワがいいんだよね」

嬉しそうにはしゃぐ優花をみて僕はほっと胸を撫でおろした。

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