ナツノキセキ#10

それから連日のように優花と遊びに出かけていた。引っ込み事案な性格の僕もすっかり優花には

心を打ちとけていた。釣りをしたり、山に入って虫を探したり、川で石切りをして遊んだりと

何をしても楽しかった。そんな日々も長くは続かず僕が本土に帰る日になってしまった。

僕はせっかく仲良くなった優花と離れたくなくて本土に帰るのが乗り気ではなかった。

祖父が

「それじゃあ行くかの、冬弥」

「うん」

それだけ答えると港へ向かって重い足取りを進めていた。

港に着きフェリーを待っていると向かいの喫茶店からマスターが出てきた。

「今日が冬弥君が帰る日でしたか。ささやかながらお見送りにきましたよ」

そうマスターは僕を見てゆっくり微笑んだ。

「優花と遊んでくれてありがとうございました。ここ最近の優花はいつも楽しそうでしたよ」

そう続けるマスターに僕は島の思い出が頭を巡って泣きそうな気持ちになった。

「そういえば優花ちゃんは?」

そう僕はマスターに尋ねると

「冬弥君と離れるのはよっぽど辛いのでしょう。声をかけたのですが部屋に閉じこもったまま

 出てこないのです。申し訳ありません」

マスターは寂しそうにそう言った。

言葉に詰まる僕は

「大丈夫です。来年また来ます」

と告げるとマスターは感慨深そうに頷いた。

そんなやりとりの中フェリーに乗り込む時間になった。

祖父に手を引かれて乗り込んだが優花にさよならを言えなかったことが少し心残りだった。

無情にもなる汽笛の音。徐々に港から離れていく船。

港にはやはり優花はいない。寂しい気持ちが溢れていた。

見慣れた島の景色が徐々に遠ざかっていく。

そんな気持の中僕はふいに空を見上げた。

青い空、白い雲、僕の夏が終わっていくような気がした。

そして目線を少し下げると灯台が見えた。

その先端にわずかに動く人影が見えた気がした。

僕は急いで船の先端まで走っていき灯台を見上げた。

そこには優花がいた。

何か言っているような気がしたが風で声はかき消され

僕には手を振っている優花だけが目に入ってきた。

僕もすかさず手を振り返した。大声で叫びながら。

「優花ちゃーん!絶対にまた来年来るよ!だから僕のこと忘れないでねー!」

この声が優花に届いたのかどうかはわからない。ただお互いが見えなくなるまで

手を振り続けていた。

本土に着くと親父が迎えに来てくれていた。そこで祖父とお別れすると

僕は親父の車に乗り込んだ。

家に帰る道中親父が

「どうだった冬弥。島での生活は楽しかったか?」

と聞いてきた。そこから僕は島での出来事、喫茶店のマスター

そして優花の思い出を親父に語り始めた。

「それは楽しかっただろう。よかったな友達ができて」

と親父はそういうと嬉しそうに顔が緩んだ。

そしていつもの都会での日常が戻ってきた。

いつも通りの繰り返し。島での暮らしのような新鮮さはない。

僕はふとした瞬間優花のことを考える時間が多くなっていた。

手紙でも書いてみようかと思ったこともあったが僕は宛先を知らなかった。

多分祖父に聞けばわかったのかもしれないがそれは恥ずかしくてできなかった。

そんな日常。なにかパズルのピースが一つ欠けたような虚無感のようなものを

抱えて生活をしていたように思う。

そして秋が過ぎ、冬が過ぎ、春を迎えて夏が近づいてきた。

親父から

「今年の夏休みはどうするんだ?」

と聞かれた。それは初めてのことだった。

いつもは島に行ってきなさいだったのに。

「今年は遺跡調査が急に中止になってな。家で資料をまとめることにしたんだ。

 俺は家にいるから島にいくのもここにいるのもどちらでもいいが冬弥はどうしたい?」

僕は

「今年も島に行くよ」

そう即答したのだった。

「そうか。わかった。親父に連絡しておくよ」

とそういうと父親は島に行く段取りをしてくれた。

だって去年約束したから。優花と。

島に行かない選択肢は僕にはなかった。

早く夏休みにならないかと指折り数える日々が続いていた。

そして島へ出発する日がやってきた。


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