ナツノキセキ#13

しばらく優花との楽しい日々が続いたある日、僕は優花を迎えに喫茶店へと向かった。

「マスターこんにちは」

喫茶店へと入るなり僕はマスターに声をかけた。

「冬弥君、こんにちは」

マスターはそう言うと浮かない顔をして続けた。

「申し訳ございません冬弥君。実は昨日から優花が熱を出していまして体調が悪いのです」

「大丈夫なんですか?」

僕は咄嗟に優花の身を案じた。

「そうですね、おそらく風邪でしょう。心配することはありませんよ。

冬弥君に移してしまったら申し訳ありませんので本日はお引き取りいただけますか?」

マスターは申し訳なさそうにそう話した。

「わかりました。優花ちゃんに早く良くなってねと伝えてください」

僕は落胆の様子を隠し切れないまま喫茶店を後にした。

風邪か。大丈夫なのかな。苦しくないのかな。そんなことを考えていた。

そんな中祖父の家に戻った。祖父に事の顛末を話すと

「それは大変じゃな。早く治るといいのう」

と祖父も心配そうな顔をしていた。

優花と遊べないとなると一日が長く感じた。祖父がそんな僕を見て

魚釣りに行こうと提案してくれたので魚釣りに行くこととなった。

好きだった魚釣りもその日ばかりは楽しくなかった。もちろん魚を釣り上げることもない。

そんなどこか上の空で一日をやり過ごしていく。

次の日もその次の日も優花の熱は下がらなかった。マスターも僕を案じて

祖父へ優花の状況を電話で連絡してくれていたのだがなかなかよくならないらしい。

とにかく心配で心配で優花のことしか考えることができなくなっていた。

そんなとき祖父から

「優花ちゃんのお見舞いに行こうか」

と声をかけてくれた。どうやら祖父がマスターに僕の状況を伝えて話をつけてくれたらしい。

「うん行こう」

そういうと僕と祖父は喫茶店に向かって歩き始めた。

喫茶店へ到着するとマスターが

「ご心配をおかけして申し訳ありません。まだ体調は戻っておりませんが熱は下がりました。お医者様が

おっしゃるにはもう少し療養が必要なようですが心配には及びませんよ」

そうマスターは優花の状況を教えてくれた。

「優花も冬弥君に会いたがっておりました。もしよければ少しお話をしていただけませんか?」

マスターは僕の顔を見ながら真摯にお辞儀をした。

そして優花のいる2階の部屋に案内された。

そういえば優花の部屋に入るのはこれが初めてだった。

部屋は女の子らしいぬいぐるみやピンクのカーテンといったものがあり今まで僕が

体感したことのない空間であった。なんとなくいい香りがするような気もする。

少しの間僕が呆けていると優花が

「冬弥くん!来てくれたんだね!」

と優花が嬉しそうに声をかけた。そこには笑顔の優花がいた。

たくさんの猫のイラストが描いてある白いパジャマ姿の彼女にいつもと違う戸惑いを感じた。

「優花!大丈夫なの?心配したんだよ」

そう声をかける僕に優花は話した

「熱があった時はしんどかったけど熱も下がってだいぶ良くなってきたよ!まだお医者さんには

休んでてって言われているけどもう元気だよ!」

よかった。ただその感情だけが僕を支配した。

それから優花とお話をつづけて楽しい時間が戻ってきた気がした。

そんな中祖父から

「冬弥、そろそろ帰ろうか。優花ちゃんはまだ完全に体調がよくなったわけじゃないから無理させたらいかんぞ」

と声を掛けられ我にかえった。

「そうだね、優花ごめんね」

僕はそう俯いて呟くとそれを遮るように優花が続けた。

「そんなことないよ!すごく楽しいよ!そうだ、冬弥くんまた明日もお話しに来てよ!それがいいよ!」

優花が嬉しそうに僕の顔を見た。

「うん、わかったよ。また明日ね!絶対来るね!」

僕はそう優花に告げると祖父とともに帰路へついた。

それから優花の部屋に訪れるが何日が続いた。喫茶店へ僕が通い、いろいろな話をした。

時にはゲームをしたり、お絵かきをしたりといつもの日常が戻りつつあった時に

「冬弥くん実はお話があるの」

そう神妙そうな顔で優花が話だした。

「実はね、島のお医者さんから優花がなかなか体調が戻らないから一度本土の病院で検査したほうが

いいって言われたの。だから多分明後日からしばらく島から離れることになりそうなの」

そう寂しそうに言った。

「僕も寂しいけどきっとその方がいいよ!早く治して外で遊ぼうよ!」

僕は優花を励ますようにそう答えた。

「うんそうだね!早く治すね!」

優花も安心したように微笑むとそう答えた。

幼い少女だ。本土の病院に行く不安もあるだろう。僕の考えおよばない辛さもあるのだろう。

そんな気持ちを掻き消すように僕も微笑んで見せた。

そして優花が本土の病院へ向かう前日、その日は島に台風が直撃していた。

轟轟と吹き付ける風が窓を鳴らし、シャワーのような雨が屋根を打ち付けていた。

マスターから祖父へ連絡があり、明日もこの分なら本土行きは延期になりそうということだった。

僕は雨が早く止むように朝からてるてる坊主をつくっていた。祖父の家の軒先にたくさん吊るして願う。

もちろんこんな中優花の家に行けるはずもなく、僕は祖父の家で過ごすこととなった。

祖父との晩御飯を終え一息ついた時、突然祖父の家の電話が鳴り響いた。

電話に出る祖父の顔がみるみる険しくなっていくのがわかった。

ただ淡々と相槌をうつ祖父。しばらくして電話を切ると祖父は僕の顔を見てこう話した。

「冬弥、いまマスターから電話があって優花ちゃんの調子が悪いらしい。ちょっと様子をみてくるから待っててくれんか」

祖父は今だかつてないほど強い眼光で僕を見つめていた。

僕は

「嫌だ!僕も一緒に行く!」

そう叫んだ。辺りは暗くなっており夜の闇と暴風が吹き荒れる中喫茶店まで行くのは子供では危険なことは重々承知だ。

だが、そういう理屈ではない。行かなければならないんだ。

祖父との押し問答を続けたあと祖父が

「わかった。なら一緒に行こう」

と同行を許可してくれた。

荒れ狂う世界に身を乗り出すのは簡単ではなく何度も転びそうになりながら僕は喫茶店への道を急ぐ。

早く行かなければ、そう焦る気持ちが足取りを早くさせた。

やっとの思いで喫茶店に着いた頃マスターが島の医者と話をしていたところだった。

難しい話をしていて話の内容は良くわからなかったので僕は優花の部屋へと急いで駆け寄った。

見慣れたはずの優花の部屋には見慣れない優花の姿があった。

布団の中で仰向けに寝ている優花の呼吸は荒く、とても辛そうなのが伝わってくる。

「あ、冬弥くん、きて、くれたんだね」

いつもとは違う力のない途切れ途切れの声に僕は泣きそうになった。

「優花!大丈夫だよ!僕が一緒にいるよ!」

そう答えると優花は優しく微笑んでいた。

「大丈夫、だよ。今はしんどいけど、いまおいしゃさまにみて、もらったから」

そんな状況の中優花は絞り出すようにそう言った。

そんな優花の手を僕は握りしめ励まし続けた。

しばらくしたあと僕はマスターと祖父に呼び出された。

一旦優花の部屋を後にして一階の喫茶店へと戻った。

「いいか冬弥、よく話を聞きなさい」

と改まった口調で祖父が語り始めた。

「優花ちゃんはお医者様の話だとすぐに本土のお医者様に見てもらったほうががいいということみたいなんじゃ。

 もうこの時間ではフェリーも島にはこない。今、島のお医者様が本土の病院へ手配をしてくれておる。

 マスターと一緒に儂が漁船で本土まで行ってお医者様をつれて戻ってくるから

 それまで優花ちゃんのことを頼めるか?」

僕はすぐに

「わかった!」

とはっきりと答え、強い意志で祖父の目を見つめた。

「冬弥、頼んだぞ」

「冬弥君、優花のことお願いしますね」

そう祖父とマスターが言うとてきぱきと準備をはじめ、急いで喫茶店を後にした。

その後ろ姿を見送ると、僕は優花の部屋に戻ってきた。

優花の傍らに座り見つめる僕。

部屋には優花の新荒い呼吸が響いている。

とても苦しそうで、苦しそうで。僕は気づいたら泣き出していた。

そんな中優花が

「冬弥くん、なんで、ないている、の?」

と声を出した。

「だって優花が、とても辛そうだから、悲しくて」

僕はそう言うと言葉に詰まって涙があふれてきた。

「もう、冬弥くんは、なきむし、なんだ、ねぇ」

「優花は、そんなによわく、ないよ」

そう続けると、優花は手を伸ばし僕の頭を撫でた。

その瞬間、我慢していた感情がすべて解き放たれて僕は声を上げて泣き崩れてしまった。

しばらく僕は優花の手を握り締めながらひたすら泣きじゃくった。

「優花は、おねぇさんだから、ね 大丈夫、だから ね」

そう言うと優花の上で泣き伏している僕の頭を撫でつづけてくれた。

その感覚が優しくて、そして悲しくて。何もできない自分の無力さに腹を立てていた。

「僕は優花のこと大好きだから!絶対助けるから」

「絶対に都会に連れて行ってあげるから!」

顔を上げてそう叫ぶように話した。

「わたしも冬弥くん、のことがだいすき、だよ。やさしいところが、すき」

そういう優花の顔はとても美しく、つらさを感じさせないほどに優しく微笑んだ。

僕はまた優花の手を強く握りしめるとまた優花の荒い呼吸だけが部屋を支配する。

幾分か時間がすぎ優花の暖かい手に誘われるかのように僕は泣き疲れて眠り始めていた。

遠ざかる意識の向こうで優しい声が

「ありがとう」

そう言われた気がした。

僕が意識を取り戻した時にはマスターと祖父、お医者様が到着したときだった。

我に返って優花の手を離すと握っていた優花の手はするりと布団に落ちた。

今まで響いていた荒い呼吸もなくわずかに微笑む優花の顔。

僕は祖父に引きはがされるように抱きかかえられるとお医者様が優花を診療を始めた。

僕は祖父と一緒に1階の喫茶店で待っていた。

僕は状況が分からず、ただ呆けた状態で言葉もなく淡々と時間が経つのを待ち続けた。

しばらくしてマスターとお医者様が降りてきて、お医者様は喫茶店から出て行った。

そしてマスターは僕の顔をみてこう話した。

「冬弥君、心して聞いてください。優花は、優花は」

そういうマスターの声が震えていた。

「すこし疲れてしまったようで、遠くへいってしまったのです。

 だから最後のお別れをしてあげてもらえませんか?」

その言葉をきいた僕は優花の部屋へと駆け上がった。

そこには音もなくただ横たわっている透き通るような肌の少女。

優花が眠っていた。

「ねぇ優花。。。」

僕が絞り出した言葉にも反応はない。

先ほどまで握りしめていた優花の暖かい手は温度を失い冷たい。

変わってしまった優花。

僕が守るっていったじゃないか。なんで守れていないんだよ。

優花はまさか、死んでしまったのか。

いやそんなはずはない。優花は大丈夫って言っていたじゃないか

でも守れなかった? 僕が?

殺した・・・?  僕が

僕が優花を殺したんだ・・・

ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ


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