ナツノキセキ#7

結局昨晩は優花を見つけることができなかった。

走りまわったせいだろうか。体の至るところが痛い。

重い体を引きづりながら寝床から抜け出した。

そして祖父の椅子に腰かけると優花のことばかり考えていた。

僕にはわからないことが多すぎる。

なぜ優花を覚えていないのか。なぜ優花は謝っていたのか。

そして忘れてとはどういう意味だ。あんなに思い出してほしいと願ってくれたのに。

その答えは今僕は持ち合わせていない。

僕には知らないことが多すぎる。

優花はどこに住んでいるのだろうか?苗字は?

どうやって探したらいい?

僕は優花のことを何も知らなかった。

気が付けは12時前だった。いつもなら優花が家に来る時間だ。

きっと今日も大声で僕の名前を叫ぶのだろうと心のどこかで願っていた。

12時を過ぎても12時半になっても優花は現れなかった。

やはり探しに行くしかない。と考えていた時におばさんの言葉を思い出した。

―そういえば島の喫茶店のマスターが冬弥ちゃんに会いたがってたわよ

 もし時間があればいってあげてね。マスターも喜ぶわ

闇雲に探すより人に聞いたほうが手掛かりがあるかもしれない。マスターなら

顔も広いだろうし何か知っているかもしれない。

目の前に現れたわずかな可能性を手繰り寄せるかのように僕はその手段にすがるしかなかった。

僕は喫茶店へ向かうべく家を出た。

喫茶店へ向かう道中に商店の前を通ると

「冬弥ちゃん、こんにちは」

商店のおばさんが声をかけてくれた。

「こんにちは」

と僕も返事をする。

「今日はどこかおでかけかい?」

「はい。今日は喫茶店へ行こうと思っています」

「まぁそれはマスター喜ぶわ。気を付けていってらっしゃい」

そして僕はおばさんにも優花のことを聞いてみることにした。

「あの、おばさん。優花ちゃんの家とかご存じないですか?」

「う~ん、ごめんなさい。おばちゃんもわからないわね」

「そうですか。どうもありがとうございました」

僕はそう会釈すると足早に喫茶店へと向かった。

喫茶店は港のそばにある。そしてあの灯台が見える場所でもあった。

古びた看板に懐かしさを感じながら僕は喫茶店のドアを開いた。

―カランカラン

喫茶店のドアを入ると一人のグレーヘアーの初老の男性がこちらを見た。

喫茶店のマスターである。

「もしかし冬弥君ですか?」

「はい、ご無沙汰しておりますマスター」

「いやはや、あの時の少年がこんなに立派になって、私も嬉しいですよ」

そういうとマスターは少し微笑み僕の顔をじっと見ていた。

少しの雑談の後僕はマスターに祖父のことを報告した。

「そうでしたか。それは残念です。ですがご家族に看取られたのですから

 きっとおじい様も嬉しかったでしょう」

マスターは優しい口調で僕に声をかけた。

「冬弥君、何か飲みますか?今日は私の奢りですよ」

そういうと僕は

「それなら・・・アイスコーヒーで」

と答えた。するとマスターは僅かに微笑みながら

「冬弥君も大人になりましたね」

感慨深そうに頷いた。

すると僕の目の前にアイスコーヒーが出された。

一口飲んでみると苦い。これが大人の味なのか。

そんなことを考えながらマスターに僕は本題を切り出した。

「マスター。もし知っていれば教えていただきたいのですが優花さんという女性を知りませんか?」

「優花さん・・・ですか。長年喫茶店で人を見てきていますが聞かない名前ですね」

「髪が長くて透き通るような白い肌の小柄な女性なんですが」

「そうですね。この島に若い人はほとんどいません。島の住人ではないのではないですか?」

「そんなはずはないと思います。昨日も島で会いましたし」

「・・・観光客とかでしょうか?とにかく島の住人ではないと思いますよ」

「そうですか。変な質問をしてしまってすいません」

「いえいえ何をおっしゃいますやら。私こそお力になれず申し訳ありません」

マスターは優しい顔でそう言った。

「しかしまぁこれで冬弥君と会うのは最後になるかもしれませんね。最後にひとつプレゼントを差し上げましょう」

もう僕がこの島に来る理由はなくなってしまう。祖父の家もなくなってしまうのだから。

そう思っているとマスターはさらに話を続けた。

「冬弥君、君はまだ若い。きっと後悔したり挫折したり時には失敗することもあるでしょう。

 それでも前を向いて歩いていくのですよ。過去にとらわれずに未来を見るのです

 この島のことは忘れて世界に羽ばたくような立派な人になってください。

 これは君より少しだけ長く生きた人生の先輩としてのアドパイスです」

そういうとマスターはすっと手を差し出した。

僕も手を差し出しがっちりと握手をした。

「ありがとうございます。いつかまたマスターに会いにきますね」

「はい、いつかまた」

マスターは軽く会釈をし僕を見送ってくれた。

僕は感謝と落胆の感情を押し殺すように喫茶店を出た。

これで優花探しは振り出しに戻ってしまった。

もう手掛かりはない。途方に暮れる帰り道で僕はマスターの言葉を思い出していた。

最後に僕にかけられたマスターの言葉になにか僕の中で違和感を感じていた。

―冬弥君、君はまだ若い。きっと後悔したり挫折したり時には失敗することもあるでしょう。

 それでも前を向いて歩いていくのですよ。過去にとらわれずに未来を見るのです

 この島のことは忘れて世界に羽ばたくような立派な人になってください。

 これは君より少しだけ長く生きた人生の先輩としてのアドパイスです

やはり腑に落ちないところがある。なんでマスターは"この島のことは忘れて"ってなんて言ったのか。

この短期間で聞いた2回目の"忘れて"だった。

なぜ忘れなくてはならない?優花のことを思い出すことすらできないのに?

マスターは何か隠してる?いや、そんな嘘をついて誰が得する?

いくらなんでも考えすぎか。マスターを疑うのは良くないのだろうか。

のべつ幕なし考えても答えは出なかった。そんな押し問答を頭の中で繰り広げていると

僕の電話に着信が入った。親父からだった。

「もしもし冬弥か。片づけは順調か」

「うん。もうほぼ終わったよ」

「そうか早いな。業者が明後日にはそちらに行くと今連絡がきてな、それまでには間に合いそうか?」

「うん、大丈夫だよ」

「そうかお前に任せきりですまないな。ところで元気がなさそうだが大丈夫か?」

親父には今の僕の心境が見透かされているようだった。

「そんなことないよ。ちょっと片付けで疲れただけだよ」

「そうか。あまり無理はするなよ。何か変わったことがあったらすぐ連絡して来いよ」

「うん、わかった。ありがとう」

僕がそう答えると電話は切れた。

ほどなくして家に到着すると僕は内心焦っていた。

明後日には島を出なければならない。もう本当に優花に会えないかもしれない。

でもこのまま終わりになんてしたくない。僕は強く思った。

まだ明日一日ある。そんなに広くない島だ。一日捜せば見つかるかもしれない。

もう僕にはこの方法しか残されていなかった。探し出すんだ、優花を。

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