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19.数秒後【ショートショート】

「声掛けないの?あの男、電柱にぶつかるよ?」
 隣で囁く声に耳を貸さず歩く。数秒後、後ろでゴッと思ったより大きな音が響いた。
「あーあ。折角見えてたのに助けてあげないんだ。意地悪だねぇ」
 悪魔がニヤニヤ笑いながら野次ってくる。少しイラっとしながら、私は小声で答えた。
「歩きスマホなんてする奴が悪いんでしょ。特にイケメンでもなかったし、助ける義理なんてないわよ」
 私にしか見えないにやけ顔の悪魔には視線を向けず、軽い悪態をつく。
 コイツに憑りつかれて丁度1年。こいつに無理やり与えられた左目にもすっかり慣れた。
 私の左目は数秒後が見えている。この悪魔の能力を移植されたのだ。
 何故そんなことと問うと、悪魔界の流行りの遊びだそうだ。能力を持った人間が取るおかしな行動を見て楽しむんだと。悪趣味な。
 始めは左右で異なる視界に混乱したが、案外3か月ほどで慣れた。その後しばらくは、先が見えると言っても数秒じゃあ何も出来ないじゃない、と思い過ごしていたが、FXで簡単に稼げてしまったので、仕事もすぐ辞めた。
 しかし、趣味のない私が仕事も手放したことで、全く出会いが無くなってしまった。彼氏どころか友達も出来なくなってしまったのだ!
 横に浮かぶ悪魔をちらりと一瞥し、ため息をつく。
「はぁ。あんたみたいな悪魔じゃなくて、キューピッドでも来てくれたらよかったのに」
 周りに聞こえない声量で愚痴をついて歩き出すと、左目の視界が急な動きを見せた。
 横断歩道を渡りだしたら突然強く腕を引かれ、信号無視して突っ込んできた車から救ってくれた腕に抱かれる。振り向くとどストライクのイケメンが心配そうに覗き込んでくるのだ!
 ドキッとして立ち止まり、辺りを見渡す。未来視の光景で見た男性が横切り、速度を落とさず走ってくる車に気付いて立ち止まった。
 信号無視して走って行った車に「なんだあれ、危ねぇな」と憤りながら歩いていく彼を、私は何も出来ず見送る。
 数秒後ハッと気付いた私の左目は、何も起きない数秒先の日常に戻っていた。
 『また』出会いを逃して落胆する私を、悪魔はニヤニヤと笑って見ていた。

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