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【読書】プロ登山家の独特な思考について 『だからこそ、自分にフェアでなければならない。』

自分の仕事と全く関係ない人の話を聞くのは面白い。特に職人の世界は独特だ。プロ登山家というのも、一種職人の世界のように思える。
竹内洋岳氏は、日本人で唯一8000m超の14座を登った人物だ(ちなみに最近、日本人女性が14座制覇まであと1座というニュースが出ていた)。そんな過酷な世界に身を置くのはどんな人物なんだろうと興味がわくが、本を読むと非常に冷静で独特な人生哲学を持っているのがわかる。

本書は、長野県・天狗岳登山のルポ+竹内氏へのインタビューで構成される。著者は写真家で作家の小林紀晴氏だ。著者ならではの視点で竹内氏と向き合い、その考えを深くまで探ろうと試行錯誤している様子も含めて面白い。

「頂上に登った時どんな気持ちになるのか?」という質問に、竹内氏が「通過点でしかない」と淡々と答えるなど、ことごとく著者の期待通りの答えが返ってこない。だが、圧倒的な経験をもとに堂々かつ淡々と言語化する竹内氏を前に、著者はそんな素っ気ない答えの奥深くにあるものを必死で探そうとする。天狗岳登山のルポでは、重装備で臨んだ著者が、想像以上の軽装で現れた竹内氏に静かに驚く所から始まるが、著者が頭の中でその真意をぐるぐる考えている様子に親しみが持てる。

実際、竹内氏の言葉は細部や真意をじっくり聞き出さないと、すぐには理解できない。
印象に残っているのは、
・山登りに運は存在しない
・経験は役に立たない
・リーダーは環境で決まるもの
・高所登山は「生命の進化」
という言葉だ。

●山登りに運は存在しない
・運で片付けると思考停止になる、想像しなくなるから
・想像することで危険を察知して避ける
・想像しえない事故について、運が悪いと思うことで救われることもあるが、それを運として片付けるべきかどうかは自分で選び取ることである

●経験は役に立たない
・山は全部違うから経験は役に立たない、むしろそれを持ち込む方が危ない
・経験は積むのではなく並べるもの
・想像するためには経験が必要

●リーダーは環境で決まるもの
・山では先頭を歩く人がリーダー。役割として特定の誰かにリーダー職を与えるわけではない
・山登り中は局面ごとにリーダーが変わっていく、得意な人、専門性を持った人が先頭に行けばいい
・リーダーになる人は、その環境に適応した人であるというのが持論

●高所登山は「生命の進化」
・生命はもともと海にいて、長い年月をかけて陸地にあがってきた
・低酸素の高所に向かう登山は、その生命の適応を数週間で再現しているような感覚
・身体の中に眠っている、自分の可能性を目覚めさせる感覚

他にも独特な表現が多くあった。著者がいったん竹内氏の言葉をかみ砕き、解釈し、こんなことを言いたいのではないだろうか、という補足を入れている。そのワンクッションがあると、読者も竹内氏の言葉を受け取りやすい。

登山家はロマン優先で、頂上まで登ることを一番に考えているのだと思い込んでいたが、竹内氏はそのイメージと真逆で、生きて降りてこないと意味はないし、頂上は単なる通過点という考えだ。
ただし、「山に登る人がいなければ、山なんてただの出っ張りにすぎない」とも言っていた。物語やロマンを否定しているわけではないようだ。

エベレスト登頂を描いた漫画「神々の山嶺」の主人公は、登頂にこだわる。下山についてどこまで考えていたのかまではわからない。だが、物語やロマンの持つ力のすごさを力強く伝える作品である。


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