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にがうりの人 #21 (幻想と喧騒)

 私は聞いた事の無い彼女の慟哭に狼狽したが、目の前に榊がいてくれるだけでなんとか冷静を保つ事が出来た。
「ゆっくり話して。泣いているだけじゃわからないって」
 榊が目を丸くした。声を出さずに「泣いているのか?」と聞いてくる。私は小さく頷く。
「お母さんの入院費で」
 私はその彼女の言葉で察した。まさに今榊に相談していた事だ。私に迷いは無かった。
「大丈夫。それなら俺がなんとかするから。一緒に頑張ろう」
 榊がうんうんと頷いている。そして私に向かってを親指を立てた。
「それだけじゃないの」
 私の言葉を受けても、彼女の様子はまだ切迫している。
「お母さん、いろいろな所から借金していてね。今、その金融会社にいるの」
 要領を得ない。唐突に耳障りな衣擦れの音がして男の声が聞こえてきた。
「あ、もしもし?あなた、加藤成美さんの彼?」
 私は急な男の声に一瞬たじろいだ。
「ええ、まあ」
「実はね、彼女のお母さん、うちに借金しているんですよ。で、成美さんが連帯保証人になってましてね。連帯保証人って聞いた事くらいはありますよね?」
 私は連帯保証人という普段ほとんど耳にしない乾いたぎこちない響きに血の気が引いていくのを感じていた。私の知らない彼女の元で私の知らない事が既に進行し、手に負えない事になっていることに戦慄する。
「連帯保証人は債務者と同等、つまり彼女のお母さんが返せないなら、娘の成美さんに払ってもらうってことなのよ。でもねあんたの彼女、成美さんだっけ?払えないっていうのよ。どうしたもんかね」
 いつのまにか相手の男はくだけた口調に変わっていた。どうするもこうするも払えないと言っているではないかと思ったが、そんな論法が通用する相手にも思えない。男はさらに続けた。
「風俗かなあ」男はクイズの答を当てるようにゆったりとした口調で言った。
「ドラマとか漫画とかでよくあるでしょう?親の借金払えなくなった女が風俗で働かされるっていうあれだよ。ああいうのって本当にあるんだよ。それが一番手っ取り早いしね」男は笑いながら言う。
「でもさ、彼女嫌だって言うんだよねえ。どう思う?図々しいと思わない?」
 電話の奥ですすり泣く声が聞こえる。私の肌は俄に粟立っていた。
「いくらなんですか?」
「え?」男はわざとらしく聞き返してくる。
「だから、彼女の借金はいくらあるんですか?」
 私は榊がいることも忘れて語気を荒げた。冷静を装おうとしても、体は言う事をきかない。
「あんた、怒る相手間違ってるだろう。どちらかと言えばこっちは被害者なんだぜ」
 榊は察したのか表情を固くしている。
「利息も含めれば、ざっと三百万ってとこだな。あんたが払ってくれるのかい?」
「今すぐには無理ですよ。僕はまだ学生なんです」
 すると男の態度が急変した。

続く

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